はじめに
前回の記事においては、SDGsを社会福祉法人のビジョンに組み込んだYDGs~あらゆる立場のすべての人々の心が通い合う社会~の概要についてお話させていただきました。本記事においては、ビジョンを実現するためのミッションの3本柱の1つである「優しい心」についてお話させていただきます。
- 社会福祉法人悠久会ではSDGsを推進するために「SDGs宣言」を行いました。
ミッション ~優しい心~
そもそも「優しい」とはどういう意味を示す言葉でしょうか?辞書によると「思いやり」「相手の気持ちを考えることができる」「困っている人に手を差し伸べる」などと書かれています。福祉の専門職は知識と技術を持つことは当然ながら、持つべき価値として「優しさ」は大事な要素であることは間違いありません。
しかし、困っていることを全て肩代わりすればよいわけではなく、福祉では「自立」することも重要ですので、手取り足取り、何でも先回りしてやってあげるという考えではいけません。
本人の思いとしても、自分でできることは自分でしたい、できないところを少しだけ手伝ってもらいたい方もいます。同じ支援でも相手が変われば好ましい支援になったり、自立を妨げるおせっかいにもなりかねません。ただの自己満足であってはいけないのです。
本人の置かれた環境を把握し、本人の思いを汲み取る感受性を持ち、その支援を行うことで相手にどういう影響を及ぼすのかという想像力を持つことが大事です。
そこを理解した上で専門職として適切な判断のもとに支援を行うとよいと思います。
- 「優しい」=思いやりが福祉の基本ですが、困っていることを全てしてあげることではない。
- 本人の思いを理解する感受性を持ちましょう。
- その支援を行った結果、どうなるかを予測できる想像力も大事です。
- 福祉の専門職に必要なのは知識や技術のみではありません。思いや感情の「心」を介在させることも大事です。
目標1:尊厳のある生活を実現しよう
すべての人々の個性や希望を尊重できる意思決定支援を行いそれぞれの立場にたったサービスを提供しよう
利用者の尊厳
集団として捉えるのではなく一人一人の個別性を大事にし、思いに寄り添うことが大切です。
画一的なサービスにあてはめるのではなく、その方の思いに合わせた個別的なサービスを提供しなければなりません。すべての人達の人生が輝き彩られるよう「人」を中心にサービスを組み立てます。言葉や振る舞い、ありとあらゆる意志の表現からその人の思いを感じ取る意思決定支援を実践します。
解説
「個性」の反対の意味の言葉は「画一的」や「型にはめる」等でしょうか。
人を視る視点も大事です。一度フィルター(色眼鏡)をかけてしまうと思い込みから脱却できなくなります。例えば「高齢者になると頑固になる、ダウン症は頑固な人が多い」と集団や属性でくくり決めつける判断は好ましくありません。
行動特性としてはそのような傾向が見られることもあるかもしれませんが、過去に素直な反応をしたら損をした経験から疑い深くなったり意固地にせざるを得なくなった等の経験に基づくものかもしれません。そうであるならば安心できる環境を用意すれば違う反応を示すかもしれません。
重要なのは「その人」を理解することなのです。本人の思いは当然のことながら生活史を知る、家族や今までの支援者からの話を聞くこと。様々なエピソードを知ることでその人の行動や発言の真意の理解につながります。多面的に物事を見ることが大事です。フィルターを通して見てしまうと決めつけや思い込みにつながり、真の理解からほど遠いものとなります。
- フィルターを通して人を見ないこと。
- 主観的に判断するのではなく他者との言動や別の環境における反応も考慮して判断します。
- 「その人」自身を理解するよう努めましょう。
尊厳とは1人の「人」として見ることが基本です。決めつけによる弊害は障がいがあるからできないとか、意志の疎通ができないとか、要求を全てわがままと判断してしまう等のできない理由づけに使われてしまうことです。
正当な意見や要望なのに「わがまま」と決めつけてはいけません。
社会生活を送る上で他者に迷惑をかけることは慎むべきですが、他者に迷惑をかける行為なのか、サービスを受ける上で正当な権利の行使なのか見極めなければなりません。
そもそもサービス利用にあたっては「個別支援計画」を作成します。当たり前のようですが「個別」的な目標を計画には書きます。標準的なサービスは記載しませんよね。個別性を把握するには、本人の状況や思いを適切にアセスメントする必要があります。良いアセスメントなしに、良い個別支援計画は生まれません。
例えば家を建てる時に、家族構成やどんな生活をしたいか、予算等を聞かずに設計図もなしに、家を建てますか?という話です。そんな状況で大工さん達がそれぞれ自分の思い思いに好きなものを建て始めたらどうなるか・・想像するだけでゾッとしますね。アセスメントも個別支援計画を適切に行わないことは、これと同じことなのです。
- 正当な要望を「わがまま」と決めつけていませんか?
- 良い個別支援計画を作るには、良いアセスメントが必要です。
意思決定支援については、下記の資料をご参考にしてください。
意思決定ガイドライン(厚生労働省:平成29年3月31日)(PDF形式)
支援の原則は自己決定の尊重です。意思決定をする機会が増えるごとに自分の意志を示す意欲が高まります。YDGsの目標1と目標2において重要となる考え方ですので押さえておきたい考え方です。
目標2:潜在能力を引き出そう
それぞれの持つ能力を引き出せる支援を行い、地域で自立した、その人らしい生活をおくれるよう働きかけよう
自立支援
人が持つ個性を大事にし、潜在能力を引き出せるようようエンパワーメントすることで、自らの能力を最大限発揮し誰もがいきいきと活躍できる社会を目指します。地域で自分らしい生活を送るためには、多様なライフスタイルが認められ、選択肢を複数選べる環境をつくっていかねばなりません。地域コミュニティの中で立場の弱い人が排除されることのない社会的包摂の実現を目指します。
解説
エンパワーメントの例として、就職に失敗したり、退職して自信を失った人が就労継続支援のサービスを受けて、自分のペースを取り戻しながら働くとします。その中で、一緒に働いている人から仕事のことを褒めらることで自信を取り戻したり、やる気が出て次のステップ(一般就労)に進みたいと本人自らが言い出すこともあります。これも1つのエンパワーメントの事例でしょう。
スモールステップで少しずつ課題を乗り越えることが大事です。いきなり大きな目標を突きつけられるとチャレンジする意欲をなくす危険性があります。しかし、少し努力すれば超えられる目標であればなんとか頑張ってみようと思うものです。適切な目標設定と励ましが大事ですね。
支援者や環境が違うだけで同じ利用者でも違う結果になる可能性はあります。潜在能力を最大限発揮できるよう環境を整えることが支援者の役割でしょう。
- いきなり大きな目標に取り組むのではなくスモールステップで取り組みましょう。
- 環境を整えることで、できることが増えることもあります。
- 本人が気がついていない強みを探してみましょう。
就労支援でも多種多様な作業種目があれば、適性のある仕事を見つけやすいのです。
自立生活と言えばアパートでの1人暮らしがゴールかのように取り扱われますが、1人暮らしを好む人もいれば、シェアハウスのように気心のしれた仲間と暮らすのが好きな人もいるでしょう。「自立した生活」というのは全てを独力で行うことだけを意味するのではなく、支援を受けながらでも自己選択できる生活が「自立した生活」なのです。
多様な選択肢を用意することが大事であり、Aが駄目でもBやCがあるさと思える(選べる)環境を用意することが理想です。Aが駄目なら全て駄目と感じてしまうと自己効力感の減少を招き、学習された無力感によりパワーレス状態に陥り失敗から立ち直れなくなりかねません。「こうあるべき論」に支援者自身が陥らないように、柔軟な発想を持つように努め、多様なライフスタイルを提案できるようにしましょう。
- 多種多様な選択肢を用意しましょう。
- 満点主義や減点主義に陥らないようにしましょう。
- 支援者の理想を利用者に押し付けないようにしましょう。
目標3:最善の支援を志そう
幸せでより良き生活を実現するために信頼と納得に基づいた最善・最良の支援を目指そう
最善の支援
より良き生活を送るには支援者が最善の支援を行うことが必要です。しかし専門性を盾にした独善的な支援を行うべきではなく、本人からの納得と共感を得ることが大事です。そのためには利用者と支援者に信頼関係が構築されていることが必要なのです。判断に迷う場面もあるかもしれませんが、本人の思いを汲み取り、客観性が担保された専門的かつ科学的根拠を基に最善を尽くすという姿勢が重要です。専門職としての知識・技術のみでなく価値や倫理観も大事にし、机上の空論にとどまらない実践に基づく理論をもって支援にのぞみましょう。
解説
最善の支援とは?「意志決定支援ガイドライン」でも述べられていますが、メリットとデメリットを把握し、複数の選択肢から選択できるという状況が理想なのです。1つしか選択肢がない状況では決定や選択とは言えません。
人生において安全最優先で安全であれば全てよし、ということではなくチャレンジすることによって得られる満足感や充実感もあります。安全最優先であれば自室に引き込もることが最も安全な生活かもしれませんが、不活発な状態は心身に悪影響を及ぼしますので、安全を優先した結果、不健康になり病気になってしまうという本末転倒な事態も起こり得ます。
チャレンジにはリスクがあるかもしれませんが、事前にリスクを把握した上でしっかりと対策を立ててリスクに対処すればよいのです。
旅行は危険だから行かない。ではなく、行程で危険な場所はないかを調べたり、バリアフリー環境が整ったホテルを選ぶことでチャレンジしつつも安全に旅行を楽しめる方法を考えればよいのです。
失敗を過度に恐れたり、品行方正な行動のみをよしとするのではなく、人間ですので時には愚かな振る舞いをすることもあるでしょう。「愚行権」という権利もありますので、支援者自身の一方的な正義感や価値観で利用者の行為を制限する行為は慎まねばなりません。
- 安全至上主義から脱却しましょう。
- 安全最優先の消極的リスクマネジメントではなく、事前にリスクを想定し人生を楽しむ積極的リスクマネジメントを行いましょう。
- 他人から見て不合理な行為であっても他者に迷惑をかけないのであれば「愚行権」として認めることも考えましょう。
また、本人が言葉として出している願望が本当にベストなものかも確認してみるとよいでしょう。
言葉の裏のニーズは違うものだったり、知らないがゆえにそのような表現をしているかもしれません。
「芸能人になってテレビに出たい。」という願いも、実は他者から褒められたり、注目を浴びることが本当のニーズなのかもしれません。
代替の活動として芸術創作活動を行って発表の場があれば実は満足するかもしれません。イメージしやすい言葉で願望を示すこともあるので、その思いを丁寧にヒアリングして本当に望んでいる状況は何か?ということを見つけるお手伝いをしましょう。
- 本人の願望を表面的にとらえるのではなく、丁寧にヒアリングし真のニーズを導き出しましょう。
目標4:笑顔あふれる生活を
すべての人々が安心して生活できるよう、立場の弱い人の権利を守る支援者であろう。
心穏やかな生活
笑顔で暮らす生活の前提として心穏やかで安心して過ごせる環境が必要です。安全安心とは暴力や恐怖に怯えることなく、社会から排除されることもない環境です。我々が社会や地域との接点における媒介者の役割を担うことで摩擦を緩和していきましょう。守るべき権利も時代及び環境により変化しますので、社会及びコミュニティの状況を踏まえて対応していかねばなりません。
解説
紛争地域のような常に生命の危険や暴力に怯える環境では笑顔で生活するということは難しいはずです。生命的に安全であることは大前提なのです。
マズローの五段階欲求で語られる生理的欲求、安全の欲求を満たしたうえで最終的には自己実現の欲求を満たすことが標準的な流れだと思われます。
(※前述の目標3で語った「安全」とは異なり、春に低山を登山することと、エベレスト登山では同じ登山へのチャレンジでも次元が違いますね。エベレスト登山への挑戦は自己実現欲求と安全の欲求が逆転した稀有な例ではありますが・・)
貧困や暴力等という危険な環境から離れ、まずは安全と安心を。
快適な環境も重要です。灼熱の夏にクーラーもない部屋で過ごす、冷たい飲み物を飲もうにも近くにお店もない、家に冷蔵庫もないといった過酷な環境では笑顔も出ませんね。
不衛生な環境も好ましくありませんし、防災インフラが未整備で災害時に危険な地域に生活するのも不安でしょう。犯罪発生率が高い地域に住むのも不安ですね。
そういった不安要素を洗い出し、SDGsの観点から考察してみます。
「心穏やかな生活」を送るための条件をSDGsの項目から洗い出してみますと
- ゴール1 貧困をなくそう
- ゴール2 飢餓をゼロ
- ゴール3 すべての人に健康と福祉を
- ゴール6 安全な水とトイレを世界中に
- ゴール13 気候変動に具体的な対策を
- ゴール11 住み続けられるまちづくりを
- ゴール16 平和と公正をすべての人に
心穏やかな生活を送るには、SDGsの多数の目標をクリアしないといけないようです。安全と安心を得るには不断の努力が必要なのですね。
目標5:住み慣れたまちでの生活を守ろう
住み慣れた地域での生活を継続するために強くしなやかなセーフティネットを構築しよう
サービスの継続性
障がい福祉サービス対象者にとどまらず、高齢等の関連性が高い分野にも共生型サービスの視点をもって対応幅を広げていきます。さらに分野にとらわれずに立場の弱い人、支援が必要な人達を対象に生活課題全般を広くターゲットとしてとらえます。社会環境やコミュニティの変化及び価値観の変化によりニーズが変化した時も対応できるよう、専門分野を強化及び拡大し関係機関に限定せず地域のあらゆる人達と積極的にネットワーク及びパートナーシップを構築し重層的なセーフティネットを築き上げましょう。
解説
提供できるサービスや対応の幅が狭いと特定の状況の特定の人しか支援することができません。
セーフティネットの基本は重層的に網を重ねて、漏れ落ちるような網目を少なく狭くなるようにして、網から漏れる人を1人でも少なくすることです。
障がい福祉も過去、措置制度時代は知的・身体・精神と対応できる障がい種別が縦割りで硬直的な運用を行っていましたが、法改正により三障がいの全ての分野の受け入れが可能となり、共生型サービスの適用により介護保険サービスの対象者も対応ができるようになりました。
さらに当法人では長崎県社会福祉法人経営者協議会の生計困難者レスキュー事業に参画することによって制度対象外の方であっても支援を行い、セーフティネットの強化に貢献するよう努めています。
しかし、全ての福祉ニーズや生活課題を一法人でカバーすることは不可能なので、他法人や関係機関、異業種及びインフォーマルなサービスも含めネットワークを構築することで幅広い福祉ニーズをカバーできるようにしていきたいと思います。
自前主義では限界が来ますし、それこそSDGsの重要な考え方であるパートナーシップを構築することが最も効果的です。
持続可能な福祉のまちづくりを実現するにはパートナーシップが欠かせないのです。
- セーフティネットは支援の網目を何重にもしておくと漏れ落ちる人が少なくなります。
- 自前主義では持続不能に陥ります。パートナーシップで持続可能な福祉のまちへ。
まとめ
「優しい心」を構成する目標5つについてお話をさせていただきました。
SDGsの重要な理念である「誰一人取り残さない(No one will be left behind)」を実現するために社会福祉法人が果たすべき役割は多いと感じますし、セーフティネットの強化については、まさに直結する内容だと確信しています。
「やり直しができる社会」「安心してチャレンジができる社会」「誰もが活躍できる社会」
このような理想的な社会を実現するためには欠かせないものばかりですね。
社会福祉法人 悠久会ではYDGsに取り組むことでSDGsの推進に貢献できると信じていますので、今後ともYDGsを推進し「あらゆる立場のすべての人々の心が通い合う社会」の実現に向けて努力していきたいと思います。