権利擁護と虐待防止への取り組み 行動指針YELLの活用|SDGs目標16|社会福祉法人悠久会

権利擁護と虐待防止の取り組み ~悠久会行動指針の実践~

はじめに ~「気づき」がなければ、権利擁護は始まらない~

 福祉現場での虐待は、悪意ある一部の職員だけが引き起こすものではありません。時に「善意」や「訓練」という正当化のもと、職員自身が自覚なき権利侵害を行うこともあります。権利擁護の出発点は、「これは問題ではないか?」という「気づき(意識化)」と「対話」が生まれる組織文化を育てることです。しかし、福祉業界の一部の現場では「何が適切な支援か」の明確な判断基準がなく、「先輩のやり方」や「昔からの方法」が引き継がれ、不適切な支援が常態化するケースもあるでしょう。
 こうした福祉業界の共通課題に向き合うため、私たち社会福祉法人悠久会は行動指針「YELL」を策定しました。YELLは抽象的な福祉理念ではなく、日々の支援で「何をすべきか」「何をすべきでないか」を具体的に示した福祉実践のガイドラインです。本記事では、虐待が起こる構造的な要因を分析し、YELLが「気づき」を生む組織文化をどのように実現できるのかを紹介します。

この記事でわかること

  • 社会福祉法人悠久会が開発した職員行動指針YELL(79項目)について
  • 手帳サイズで日常的に使える権利擁護ツール「YELL」の活用法
  • 対話型組織開発で権利擁護を組織文化として根づかせる方法
  • 他法人でも導入できる行動指針の策定プロセス(5ステップ)
  • 福祉現場で虐待が無自覚に起こる5つの原因とその構造的要因
  • SDGs目標16「平和と公正をすべてのひとに」への具体的な取り組み

記事執筆者:永代秀顕(社会福祉法人悠久会 理事長・社会福祉士)

なぜ虐待が起こるのか?

障害福祉現場の虐待は、単一の原因ではなく複数の要因が複雑に絡み合って発生します。原因として、知識やスキルの不足、倫理観の欠如といった福祉従事者個人の資質の問題。「利用者のため」「訓練」という善意やパターナリズム(父権主義)による自己正当化。さらには慢性的な人手不足やストレス、閉鎖的な組織風土といった構造的要因が挙げられます。

障害者虐待防止法における虐待の定義

その原因を詳しく見ていく前に、まず「虐待」の定義を確認しておきましょう。障害者虐待防止法1では虐待を「①身体的虐待(暴力など)、②心理的虐待、③性的虐待、④放棄・放任(ネグレクト)、⑤経済的虐待」の5類型と定めています。これらの虐待行為は法律で明確に禁止されています。しかし、法律で禁止されているにもかかわらず、なぜ虐待が福祉現場で起こってしまうのでしょうか。その実態は次のとおりです。

令和5年度の障害者虐待事例の発生件数(障害者福祉施設従事者等による事例)2

①市区町村等への相談・通報 5,618件(前年/4,104件)②市区町村等による虐待判断件数1,194件(前年/956件)③被虐待者数2,356人(前年/1,352人)

前年と比較すると全項目において件数が増加しています。要因として①の「相談・通報件数」の増加が②③の増加を押し上げている構図が読み取れます。虐待防止法の周知に伴う権利擁護意識の向上も、相談・通報件数の増加に寄与していると考えられます。

この前提を踏まえ、虐待の発生要因を以下の5つの観点から整理することで掘り下げていきたいと思います。

虐待が起こる5つの原因

1.知識・スキル不足

障がい特性の理解不足、適切な支援技術の未習得(強度行動障がいへの対応など)が虐待につながることがあります。例えば「利用者が必要以上に大声を出す」という行動に対し、「わがまま」「困らせようとしている」と一方的に解釈し叱責してしまうケースです。しかし、実は援助者が大声を出さないと反応してくれない行動学習の結果であったり、あるいは、感情表現(喜びや楽しさも)を大声で行っているだけかもしれません。適切なアセスメントやコミュニケーション力があれば、原因を正しく理解し、環境調整や代替手段の提供により、そのような行動を減らすこともできます。

2.「訓練」「善意」という名の自己正当化 ~パターナリズム~

パターナリズム(父権主義)とは何か?

パターナリズム(父権主義)とは援助者が、子どもをしつける親のように「本人のためを思って」という表向きは善意の気持ちで、利用者を管理・強制する態度です。この思想を持つと、援助者はまるで利用者に対する「懲戒権」を持っているかのごとく、罰技的手法や厳しい訓練的手法を用いてしまいます。

重大な誤解① ~援助者に「懲戒権」はない~

大前提として福祉事業所の援助者は利用者に対する懲戒権を有していません。しかも、親が児童に対して持っていた「懲戒権」でさえ、2024年4月1日の民法改正で削除3されました。

例:「〇〇するなら、おやつはなし!(罰・懲戒)」この言動は、利用者が自分の財産(お菓子)を自由に使う権利を奪う行為であり、経済的虐待にあたる危険性があります。

・「意思決定」と「最善の利益のバランス」
ここで一つの疑問が生じます。

「それならば、利用者が無秩序にお菓子を食べて健康を害するのも意思決定として認めなければならないのか?」この問いに対する考え方の一つが、利用者への「最善の利益」の概念です。

利用者の生命と健康に関わる疾病のため、医師(専門家)から制限の指示が出ている場合は、本人の最善の利益を考慮した必要最小限度の制限を行うことは適切な支援です。重要なのは「罰」による制限は権利侵害である一方、医学的根拠などの専門性に基づき生命・健康を守るための制限は例外的に認められるという違いです。パターナリズムの行使が許されるのは、本人の最善の利益を第一に考え、権利の制限を必要最小限度にとどめる場合のみです。

つまり、健康上必要な食事制限については、医師や栄養士などの専門家の判断に基づき、個別支援計画に位置付けた上で、本人に丁寧に説明し同意を得れば、適切な支援として認められます。

重要な誤解② ~親と援助者は同一ではない~

「親のように接する」「私はこの子の親代わりなのです」これらの言葉は、一見温かく感じるかもしれません。しかし、援助者は「親代わり」ではなく「専門職」です。法人が雇用しているのは、生活支援員などの専門職であり、親ではありません。親目線ではなく、専門職としての視座と倫理観が必要です。

危険な思い込み(自己を振り返ってみましょう)
「この利用者のためには厳しい訓練(指導)が必要なんです!」
この主張に「1.知識・スキル不足」が加われば、危険な兆候です。そもそも支援は専門性と信頼関係に基づく合意形成が必要です。厳しい(ストレスフル)支援よりも温かい(ハートフル)支援を心がけましょう。

3.組織文化と集団心理

個人の善意や倫理観だけでは、虐待は防げません。なぜならば組織文化や集団心理が個人の行動を規定する要因ともなるからです。

  • 権力構造による服従と同調
    不適切な支援を志向する援助者が組織内で権力と発言力を持つと、周囲は圧力を感じ、同調(迎合)が生まれやすい。
  • 責任の分散「赤信号みんなで渡れば怖くない?」
    集団で不適切な支援を行うと、個人の責任感や罪悪感が薄れます。「皆がやっているから」と表(公式)のルール(理念や規則)よりも裏のルール(援助者が利用者を管理・支配しやすい慣習)が優先されてしまうことも。
  • 対話の不在と自己正当化
    組織内での対話が失われると、不満を不適切な支援の理由にする自己正当化(他責化)が起こります。
    ・「ストレスがたまって」→心理状態への責任転嫁
    ・「人手不足だから仕方ない」→構造的要因への責任転嫁
    ・「上司が理解してくれない」→管理職への批判
    ・「待遇が悪いから」→不満のはけ口
    しかし、これらは背景要因であって、不適切な支援を正当化する理由にはなりません(せいぜい情状酌量の余地があるかどうか、という程度です)。なぜなら、同じ環境下でも良質な支援を行っている援助者も存在しているからです。

4.倫理観や根拠なき経験主義:N=1の問題点

「専門性のない思いつきの支援を試す」→「うまくいった(たまたま)」→「これが正解だ!」
このような根拠なき経験主義は、非常に危険です。

利用者には個別性や障害特性があり、適切なアセスメントや知見に基づくオーダーメイドの支援が必要です。特に福祉職は高い倫理観を求められる仕事ですので、痛みや苦痛を伴う支援は選択肢から除外すべきですし、専門職として科学的根拠(エビデンス)に基づいた支援を行うべきです。

不適切な支援で問題行動を一時的(表面上)に抑えても、根本的な解決にはなりません。その援助者がいない場面では問題行動が再発したり、抑圧により別の場面で激しく表出するかもしれません。不適切な支援を正当化し「効果があった」と誤認すると、よりエスカレートし、最終的には虐待にまで発展する危険性があります。

これは、支援における「北風と太陽」現象です。福祉専門職として力や圧力で押さえつける「北風の支援」ではなく、信頼関係や専門的な支援で適切な関係をつくる「太陽の支援」のような支援を行うべきでしょう。

5.「気づき」や問題意識の欠如

不適切な支援を「正しい支援」だと思い込んでいる状態では、行動は改善しません。(原因②「パターナリズム」)
問題への「適切な理解=気づき」がなければ問題解決の動機は生まれないでしょう。

気づきがない状態とは
  • 問題を問題として認識していない
    ・「今までこのやり方でうまくいってきた」(経験主義と思い込み
    ・「利用者のためにやっているから、正しい」(動機の正当化

    自分の支援を適切だと思い込んでいる援助者が、自らの行動を変えることはないでしょう。
  • 「おかしい」という違和感を持てない
    ・先輩の不適切な支援を「これが正しい」と学習する負のスパイラルの連鎖。
    ・疑問を持つこと自体が、先輩や組織への批判と感じられる(同調圧力・権威への服従
  • 自分の支援を客観視できていない
    ・日常業務の中で振り返る習慣がないと、自分の支援が適切かどうかを客観的に評価できません。
「気づき」を阻む壁 ~「これが当たり前」という感覚~

最も危険な状態は、不適切な支援が日常化し、「これが普通」という感覚になってしまうことです。

~新人の支援観の変化プロセス(支援の負のスパイラル)~
・新人時代:不適切な支援に対する違和感を持つ
・数ヶ月後:先輩がやっているし、疑問を挟めば「新人のくせに!」と怒られるし…
・1年後:疑問を持たなくなり、不適切な支援が日常(普通)になる。

このように、健全な感覚の欠如、倫理観の麻痺が不適切な支援を生む組織風土を生み出します。

「気づき」こそが良い支援の始まり

逆に言えば、日々の支援を振り返り「これは適切な支援なのだろうか?」という「気づき」があれば不適切な支援を改善する動機が生まれます。

自ら振り返り「気づき」と対話を生む健全な組織文化を作るために ~行動指針YELLの策定~

虐待を防ぐには、職員一人ひとりが日常的に自問し、チームで対話する組織文化が不可欠です。そこで、社会福祉法人悠久会は、独自の職員共通行動指針の手帳「YELL」を活用した権利擁護の実践を通じて、気づきの文化の実現を目指しています。(YELLは2018年に策定されました。)

悠久会職員行動指針「YELL」

なぜ行動指針「YELL」を策定したか ~理事長の立場やマネジメントの視点から~

上記で整理した原因を踏まえ、悠久会は「適切な支援観を日常でそろえる仕組み」が必要だと実感しました。きっかけは、私がマネージャー時代に人材育成や人事評価に関わる中で生まれた「そもそも良い人材とは何か?良い支援とは何か?」という根本的な問いです。(この問いは現場のリーダーにも等しく求められますが…)

福祉現場では、同じ利用者に対する支援でも職員によってアプローチがばらつくことがあります。支援の標準化は利用者の混乱を避けるためにも重要な手段です。悠久会でも、支援観の違いから職員ごとに対応が異なるケースが見られました。さらに、入職時の面接や人材育成の過程で「この職員にはこの考え方を伝えたが、あの職員には伝えていない」という育成事項の漏れも発生していました。福祉現場ではOJTが人材育成の主な手法になりがちですが、育成担当者によって支援方針が異なることも少なくありません。

倫理綱領は「共通の土台」、YELLは「現場で活用する行動基準」

私は社会福祉士として、権利擁護の判断指針として「社会福祉士の倫理綱領」を「価値・原則」として重視してきました。ソーシャルワークの実習指導の場面では、私個人のソーシャルワーク観を押しつけるよりも、倫理綱領を実践の共通基盤として活用してきました。しかし、社会福祉士の倫理綱領はソーシャルワーカーとしての基本姿勢を示すものであり、生活支援員の職種などに、障がい福祉の現場で「今、どう行動すべきか」までを具体的に判断する趣旨のものではありません。倫理綱領は参照しつつも、悠久会の実情に合う具体的行動基準を策定する必要があると感じました。

「職員全員が共有できる、再現可能な共通の行動基準が必要だ」この認識こそが、YELL策定の出発点でした。

課題① 法令遵守だけでは「気づき」は生まれない

障害者虐待防止法を知っていても、日々の支援の場面で「これは適切か?」と判断できるとは限りません。法令は「してはならないこと」の最低ラインを示すに過ぎません。しかも、「最低基準が最高基準」との格言が示すように、最低ラインに達していれば「問題なし」とすると、「より良い支援」を目指す動機が弱まります。

課題② 抽象的な理念だけでは、現場での実践に落とし込めない

「利用者の権利を守りましょう」「尊厳を大切に」
この福祉理念は大切ですが、「具体的に現場でどう行動すればいいのか」が示されなければ、現場では実践できません。

課題③ 年に数回の研修では、権利擁護意識は続かない

年に1〜2回の虐待防止研修(法令で定める最低基準)を受けても、日常業務に戻れば権利擁護意識が薄れていきます。虐待防止に必要なのは、一時の学びではなく、学んだことを実践し、日常業務の中で定期的に振り返る姿勢です。

課題④ 不適切な「これが普通」という感覚から適切な方向に揺り戻すために

支援の負のスパイラル状態に陥ると、不適切な支援が日常化し、最初は違和感を感じていた新人職員も「これが当たり前」と学習してしまいます。負の連鎖に陥らないためには、マイナスに振れようとしても常に立ち戻れる「適切な基準」が必要です。

課題⑤ 共通言語がないことの危険性 ~それぞれの正義と善意が虐待を生む~

「権利擁護」の解釈が職員によってバラバラでは、組織として機能しないばかりかリスクです。なぜならば、それぞれが「利用者のために」という善意や自身の誤った正義感に基づいて行動した結果、不適切な支援を行う危険性があるからです。

「YELL」というより良い支援のための共通の基準・共通言語を持つことで、組織全体が同じ方向を向き、これが「適切な支援」という共通認識のもとで実践できます。

行動指針YELLとは何か?「3つのY」を実現する7つの柱

社会福祉法人悠久会が策定した「YELL(悠久会職員共通行動指針)」は、手帳サイズの冊子として職員に配布されている行動指針です。YELLの名称は「エール(応援)」という意味だけではなく、悠久会が大切にする3つの価値観の頭文字から成り立っています。

行動指針YELLに込められた想い ~悠久会の3つのY~

YELLの3つのY

  • 私たちは「優しさ」(Yasashisa)をもって利用者さまに接します。
  • 利用者さまが笑顔で「ゆとり」(Yutori)のある生活を提供します。
  • 従業員も「喜び」(Yorokobi)を感じられる職場作りを整えます。

この3つのYは、利用者の権利擁護と職員の働きがいを同時に実現するという悠久会の理念を示しています。

・「優しさ」だけでは、職員が疲弊してしまう。
・「ゆとり」だけでは、質の高い支援は生まれない。
・「喜び」だけでは、利用者本位の視点が失われる。

この3つのYがバランス良く機能することで、持続可能な権利擁護が実現します。YELLは、この理念を実現するために生まれた行動指針です。

Yellの目次とコンテンツ

YDGs(悠久会のビジョン)ともつながるYELLの3つの「Y」
YELLの「優しさ」「ゆとり」「喜び」の3つのYのキーワードは、YDGsでも重要なキーワードとして用いられています。詳しく知りたい方は記事「YDGsについて ~SDGsを事業戦略に取り入れた悠久会のビジョン~」をご覧ください。

3つの「Y」を実現する「7つの柱」

この3つのYを日々の支援で実践するために、YELLは7つの柱で構成されています。

YELLを構成する7つの柱

  • A.権利擁護(12項目)
    「優しさ」の土台となる、利用者の尊厳を守る姿勢
  • B.意思尊重(13項目)
    「ゆとり」を生み出す、利用者主体の支援
  • C.自立支援(9項目)
    「ゆとり」ある生活を支える、自己決定の尊重
  • D. 危機管理(12項目)
    「優しさ」を支える、安全で安心できる環境づくり
  • E. 専門性・多様性の追求(15項目)
    「喜び」につながる、職員の成長と専門性の向上
  • F. コミュニケーション(13項目)
    「優しさ」を伝える、信頼関係の構築
  • G. チームワーク(5項目)
    「喜び」を共有する、協働する組織文化

合計79項目という少しボリュームのある内容ですが、それぞれが「〜します」という行動レベルの具体的な文言で記されています。これにより、職員は日々の業務の中で「今、自分は権利擁護の視点で行動できているか?」と振り返ることが可能です。

なぜYELLは「手帳サイズ」なのか?継続的な振り返りを可能にする工夫

YELLが手帳サイズである理由は、職員がいつでも携帯し、その場で確認できるようにするためです

虐待防止研修で一度学んだだけでは、日常業務の中で徐々に権利擁護意識は薄れていきます。しかし、胸ポケットに入るサイズ(13cm×8.5cm)であれば、朝礼や支援の合間、迷った時にすぐ取り出すことができます。この「基準にいつでも立ち返れる」仕組みが、継続的な「気づき」を生み出します。

手帳サイズにすることで、YELLは「飾りの理念」ではなく「日々の判断に使えるツール」として機能しています。

虐待を防ぐ具体策 ~行動指針YELLが示す3つの権利擁護実践の項目例~

「虐待を防ぐには、具体的に何をすればいいのか?」

その問いに対する悠久会の1つの答えが行動指針「YELL」の実践です。ここでは、YELLの7つの柱(全79項目)の中から、虐待防止に有効だと考えられる3つの項目を一例として紹介します。これらは、前述の5つの虐待要因に対して現場レベルで実践的な対応策となることを目指しています。

柱①「権利擁護」 A-7「適切な権利擁護意識を持ちます」~「気づき」の土台となる自己覚知~

対応する原因:③「気づきの欠如」

多くの施設では虐待防止のために「利用者の権利を守りましょう」という抽象的な呼びかけに留まりますが、YELLでは「自己覚知」すなわち福祉専門職に求められる態度という具体的な表現を使いました。

YELLの文言:A-7 「適切な権利擁護意識を持ちます」

権利擁護を中心に据えた支援を行います。自身の障害者観を見つめ自己覚知します。潜在意識・心の奥底に差別意識があると言動に表われてしまいます。

自己覚知とは何か?

「自己覚知」とは、自分の価値観や思考の癖、バイアス、行動パターンなどを深く理解し、客観的に認識することです。
例-自分は節約志向:利用者に対し、嗜好品(タバコなど)や「推し活活動」などの本人の楽しみを無駄遣いとみなし、趣味への自己決定に対し否定的感情を抱いてしまう。

なぜこの項目が重要なのか?

「潜在意識・心の奥底に差別意識があると…」少し厳しめの指摘かもしれません。自分の内面を客観的に見つめること(自己覚知)は、時には苦しさを伴う作業ですが専門職としては必要なことです。自分の思考・行動のパターンを認識しておくと、無意識に行われる不適切な支援を防止できます。

3つのYとの関連 ~優しさ~

この項目は、3つのYのうち「優しさ」に該当します。ここでの優しさとは、表面的な優しさではなく、自分自身の価値観や感情と向き合うことから始まります。自分と誠実に向き合える人ほど、他者の痛みや想いにも寄り添える。そんな「強さを持った優しさ」がYELLの目指す姿です。

柱②「意思尊重」B-1「職員主導ではなく、利用者主体の支援を行います」 ~パターナリズムからの脱却~

対応する原因:②パターナリズム(善意の押しつけ)

YELLの文言:B-1 「職員主導ではなく、利用者主体の支援を行います」

前例、昔のやり方に固執せず、柔軟・臨機応変かつ効果的な支援を行います。支援の目的は「安心・快適な質の高い生活」を送ってもらうことです。当ガイドラインを基本とした、支援の手法を考えます。

「前例・昔のやり方に固執しない」ということ

この文言が示すのは、経験則に過度に依存することの危うさです。

「先輩がこうしていたから」「昔からこの方法でやってきたから」という理由だけで支援を続けると、利用者1人ひとりの個別性や状況を見失った画一的な支援につながりかねません。

支援の目的を明確にする意義

YELLは、支援の目的を「利用者の安心・快適で質の高い生活の実現」と明確に示しています。この目的を常に意識することで、職員の判断基準を「前例や経験主義」から「利用者本位」へと切り替える気づきを促します。

また、「当ガイドライン(YELL)を基本とした支援の手法を考えます」という一文は、YELLを単なるお飾りの理念として掲げるのではなく、日々の支援の「指針」「根拠」として活用するという強い意図が込められています。

YELLは飾られる言葉ではなく、使われる指針であるべき。その信念を実現することで、YELLは悠久会の福祉実践を導く指針となります。

3つのYとの関連 ~ゆとり~

この項目は、3つのYのうち「ゆとり」を実現するためのものです。職員主導ではなく利用者主体の支援を行うことで、利用者は自分のペースで、自分らしい生活を送ることができます。

柱③「チームワーク」G-5「仕事、組織への積極的な参画を行います」 ~「おかしい」と言える組織文化~

対応する原因:④おかしいと言えない組織文化

YELLの文言 :G-5「仕事、組織への積極的な参画を行います」

会議や日常で前向きな意見を積極的に発言するよう心掛けます。他者の揚げ足取りや、消極的かつ否定的な発言に終始しません。会議や公式の場で発言せず、非公式の場で否定的な発言、不平不満を言いません。否定する場合は同時に改善案や代替案を示します。

「非公式の場で不平不満を言わない」が示すメッセージ

この項目の特徴は、「非公式の場で不平不満を言わない」という具体的な行動規範を明示している点にあります。

一部の職場では、会議では何も建設的は意見を出さず、休憩室や飲み会の場で「あの支援はおかしいと思うんだよね」と愚痴をこぼすだけで終わる…そんな光景も少なくありません。こうした裏の場での発言は時に「居酒屋弁士」と呼ばれます。しかし、それでは現場も組織も変わりません。

「居酒屋弁士」とは?

居酒屋などの酒宴の場では「福祉はこうあるべきだ」「支援とはかくあるべし」「俺が現場を変える!」と熱弁をふるうものの、翌日にはその情熱は職場で発揮されず…建設的な提案や行動に結びつかない。そんな状態を示す比喩です。

建設的な対話を生む風土を目指して ~評論家よりも実践家~

YELLでは、「否定する場合は同時に改善案や代替案を必ずセットで示す」というルールを設けています。これにより単なる批判ではなく、建設的な対話が生まれる組織風土づくりを目指しています。

この風土が現場に根づくと、「違和感を感じたことを、公式の場で、改善提案とともに発言する」という健全な問題提起の文化が育ちます。「自ら提案し、自ら考え、自ら実践する」目の前の小さな改善を積み上げることが、組織や職場を変える原動力となるのです。

YELLは、そんな行動で語る人を育てるための羅針盤でもあります。

先輩の支援に疑問を持ったら

新人職員が先輩の不適切な支援に疑問を持った時は、この「G-5」が拠り所になります。

建設的な問題提起の例:「その支援はおかしいと思います」と直接的に伝えると、相手によっては個人攻撃と受け取ってしまうかもしれません。そこで、YELLを共通の言語として、次のように言い換える方法があります。

→「YELLのB-9『文化的な生活を意識した計画や支援を行います』とあるように余暇活動にもう少し文化的な活動も取り入れてみませんか?」

このように、YELLという共通基準を根拠にした提案を行うことで、建設的な対話が生まれます。職員同士が互いに指摘し合うことを「攻撃」ではなく「成長の機会」と捉えられる。そんな組織風土が、より良い支援を育てる土壌になります。

3つのYとの関連 ~喜び~

この項目は、3つのYのうち「喜び」を実現するための要素です。職員一人ひとりが組織の一員として当事者意識を持ち、意見を出し合い、改善に主体的に関わることで、「自分たちの手で職場を良くしている」という実感が生まれます。

その実感こそが、日々の仕事に対する誇りやモチベーション、そして「働きがい」につながります。YELLが目指すのは、上から与えられる満足ではなく、自らの行動で職場をより良くしていくプロセスの中で生まれる喜びなのです。

行動指針YELLの3つの特徴 ~なぜ「気づき」を生むのか~

これまでの具体的な項目の解説から、YELLの3つの特徴をまとめます。

YELLの特徴①:抽象論ではなく、行動レベルの具体性を示している

「権利を守りましょう」「良い職場にしましょう」といった抽象的な言葉ではなく、「自己覚知します」「前例に固執しません」「非公式の場でのみ不平不満を言いません」など行動レベルに落とし込んでいるのがYELLの特徴です。これにより、「何をすれば良い支援なのか」「どんな組織を目指すべきなのか」を具体的にイメージできます。

YELLの特徴②:「禁止」ではなく、「実践」を促す前向きな表現

YELLでは「〜しません」という禁止形よりも「〜します」などの肯定形を多く使うように心がけました。これにより、意識が「やってはいけないこと」から「やるべきこと」「目指すべきこと」へと向かいます。ネガティブな抑止ではなく、ポジティブな実践を導く指針であることがYELLの特徴です。

YELLの特徴③:日常業務の中で繰り返し触れ、振り返る仕組み

YELLは手帳サイズで携帯しやすく、月間ポスター掲示や朝礼終礼で読み合わせるなど日常業務の中で自然と繰り返し触れるようになっています。年に数回の研修だけでは定着しにくい権利擁護の意識を継続的に維持し、「当たり前の感覚」として現場に根づくことを目指しています。

YELLの特徴 ~まとめ~

YELLは、「優しさ」「ゆとり」「喜び」という3つのYを、7つの柱・79項目の行動に具体化させたツールです。しかし、行動指針は「作って終わり」ではありません。YELLが真価を発揮するには日々の支援のなかで「使い続ける」ことが必要なのです。最終的に目指す姿としては、職員がYELLを都度確認せずとも、日々の無意識の言動が「YELL」と一致している状態…その時こそ、YELL(理念)がお飾りの言葉ではなく、組織文化として定着した状態なのです。

行動指針YELLの活用方法 ~日常の「気づき」を生む3つの実践レベル~

YELLを「読むだけ」や「掲げるだけ」のお飾り理念で終わらせず、日常で使うツールとして機能させるために、悠久会では3つのレベルでの活用を進めています。

実践レベル①:個人レベル ~日々の振り返りで「気づき」を習慣化する

ポケットサイズの携帯性を活かした支援現場での確認

YELLの大きな強みは、手帳サイズで携帯ができることです。福祉の支援現場では日々、判断に迷う場面が発生します。例えば「利用者が要望を伝えてきたが、安全面で懸念がある」「先輩の言動に違和感を感じたが、正しいのだろうか」などです。

このような場面で、YELLをその場で開き、該当項目を確認することで、感情や主観ではなく、組織の共通行動指針に基づいた判断ができるようになります。

例えば、利用者の要望と安全面が対立した場合には、YELLの以下の項目を参照するとよいかもしれません。

  • D-7「消極的ではなく、積極的なリスクマネジメントを行います」
    リスクを想定し対応策を検討した上で支援する。失敗を過度に恐れない。
  • C-1「利用者の自立につながる支援を目指します」
    利用者の自己決定を尊重し、パターナリズムを避ける。

迷った時は「YELLに立ち返る」これを基本とすると、職員間での判断基準のブレが少なくなります。

朝礼・終礼での振り返りに 【今後の活用の可能性】

YELLのコンパクトさは、朝礼や終礼での短時間の振り返りにも活用できます。

  • 朝礼(始業時)での活用イメージ(目標設定)
    今日の支援で意識する項目を選び、目標とする
    「今日は利用者の方の意思を丁寧に聞き取ることを意識します(B-7)」
  • 終礼(終業時)での活用イメージ(振り返りと自己評価)
    1日の支援を振り返り、YELLの設定項目に照らして評価する。
    「〇〇さんへの声かけや対応が雑だったかもしれない、明日はゆっくりと対応するように心がけよう(B-3)」

このように、YELLを活用した「朝礼時の目標設定」と「終礼時の振り返りと評価」の積み重ねで個人でのPDCAサイクルを回し、日常の気づきを習慣に変えていきます。

実践レベル②:育成レベル ~YELLで育てる福祉人材、新人教育のツールとして~

新人が入職した時の教科書代わりとして

悠久会では、新人職員にYELLを配布し、最初に学ぶ支援の「基準」として位置づけています。

福祉系学部出身ではない新人は、「何が正しい支援なのか」という判断軸が定まっていません。育成手法がOJT中心の職場であると、先輩の支援を真似しながら業務を覚えていきます。もしも「先輩のやり方が不適切」であれば、間違ったやり方を正しい支援だと思い込む危険性があります。

YELLを最初に手渡すことで、新人は「先輩のやり方」だけに依存せず「組織共通の基準」を判断軸に置けます。たとえ、先輩の支援に違和感があっても、「YELLではこう書いてあるのにな…」と客観的な視点による気づきと建設的な問題提起につなげやすくなります。

メンター制度との連動 【今後の活用の可能性】

新人職員の育成で、YELLをメンター制度(※整備中)と連動させると、育成効果が高まります。

メンターとの面談での活用イメージ

  • 目標設定:「今週はB-7(意思の丁寧な聴き取り)を意識して支援しよう」
  • 支援の振り返り:「今日の支援場面でC-1(自立につながる支援)の観点でどう行動できたか?」
  • 次の打ち手:「リスクが気になる場面はD-7(積極的なリスクマネジメント)を根拠に、対応策を一緒の考えてみよう」

YELLを共通言語にすることで、主観及び経験に基づく支援観から「YELLの価値・判断基準に基づく対話」へと変わります。メンターと価値観のすり合せを行うことで育成のバラツキを防ぎ、支援者としての早期成長を見込めます。

実践レベル③:組織レベル ~継続的な啓発で組織文化を作る~

悠久会では、YELLを継続的に「使い続ける」ための仕組みとして、法人全体での啓発活動を実施しています。サービス向上委員会(旧:権利擁護委員会)が中心となり、毎月(または隔月)1項目をピックアップし、事業所内で集中的啓発を行う「月間テーマ制」を実施しています。

YELL:月間取り組み目標(例)

  • 月毎に重点取り組み項目を設定し、グループウェアで全事業所に共有
    例:今月のテーマ「C-9 利用者の積極性を高める支援を行います」
  • ポスターを事業所内に掲示
    各事業所内でポスターを職員の目につく場所に掲示することで日常的に目にする機会が増え、権利擁護意識が持続します。

これにより、YELLの全79項目を繰り返し学ぶPDCAサイクルが実行され、研修だけで定着しにくい「権利擁護意識の持続」が可能になります。

YELL定着の具体例:穴埋めクイズで「考える習慣」を育てる~

悠久会の取り組みの1つが「穴埋めクイズ形式」による啓発です。

クイズ例題:自ら利用者に〇〇〇〇ます。必要以上に大声を出したり、遠くから〇〇〇をして利用者を呼びつけません。自ら利用者のもとに〇〇〇〇〇を心がけます。
答え→寄り添い・手招き・近づく支援

このように言葉を思い出させる仕掛けが、YELLを「曖昧な理解」から「正確に言葉で語れる」レベルへと引き上げます。また、クイズの答え合わせの際にYELLを読み返すので、より内容が深く定着します。また、答え合わせの場で生まれる職員同士の対話が、自然な学び合いと権利擁護文化の醸成につながります。

事例検討会での活用【今後の活用の可能性】

YELLを組織レベルで定着させるために、事例検討会の中で「どの項目に関連するか」を議論することで、人材育成や研修に活用できます。

事例検討会での活用イメージ

事例:

  • 「◯◯さんが食事を食べない意思表示をした場面で、どのように対応するべきか」など、ケースを例示します。
  • YELLに関連する検討項目のピックアップ
    ・B-4「利用者の声に耳を傾けます」
    ・B-6「相手に理解しやすい表現を用います」
    ・D-2「利用者の体調変化を察知するよう心がけます」
  • より良い対応(最善の利益)をチームで考える
    「もし次に同じ場面があったら、どう対応するか」をチームで検討
  • 学びを共有する
    事例の検討結果を記録に残し、他の職員や事業所とも共有する。

YELLを活用した事例検討会を開催することで、個人の「気づき」はチームへ、そして組織全体の学びへと波及します。これこそがYELLの目指す「対話型-学習する組織」の姿です。共有された「組織知」が個人に還元することで、個人の支援の質も高まる「支援の正の循環」が生まれます。

行動指針YELLの活用 ~段階的に広げる実践~

悠久会では、組織レベルから取り組みを開始し、月間テーマ制(ポスター掲示)や穴埋めクイズなどを通じて着実に定着が進んでいます。今後は、個人レベルでの始業時・終業時の振り返りや、メンター制度との連動など、活用の幅を広げていきたいと思います。

YELLの価値は「どう活用すればもっと効果的になるか」を組織全体で考え続けられる点にあります。

共通の言語と基準があるからこそ、職員同士の対話が具体的になります。YELLを権利擁護意識向上の「たたき台」とすることで、「この支援は本当に利用者本位か?」「もっと良いアプローチはないか?」といった建設的な議論が生まれます。

この「対話し、改善し続ける文化」が根づいた時、3つのY「優しさ」「ゆとり」「喜び」を実現する利用者本位の組織風土が生まれることでしょう。

行動指針YELLのさらなる改善に向けて

YELLは現行版で「完成品」ではなく、現場の実践事例や支援ノウハウの積み上げながら進化発展させていく指針です。

悠久会では今後の構想として、YELLの改定に向けた職員参加型のワークショップの開催を検討しています。ここでは、職員自身が「現場で実際に使ってみてどう感じたか」「追加すべき項目はあるか」「表現をもっと分かりやすくできないか」といった視点で、YELLを自分達の言葉でブラッシュアップしていきます。

職員自ら改定に参画することで、YELLは「上から与えられたルール」ではなく「自分たちで作り上げた指針」として組織に息づいていくことでしょう。

権利擁護を組織に根づかせるために ~行動指針の活用から見えてきたこと~

悠久会のYELLの取り組みは、決して「特別な法人だけができる方法」ではありません。この行動指針の策定から実践までのプロセスは、どこの事業所でも取り入れられるものです。

権利擁護を実践に落とし込むための3つの提言

福祉現場で権利擁護を実践しようとする時、多くの事業所が「福祉理念の重要性は理解できるが、どうやって実践に落とし込むべきか」という悩みがあるかと思います。

そこで本記事における悠久会のYELL(行動指針)の取り組みから参考にできる、権利擁護を実践に落とし込むための3つの要素を紹介いたします。

権利擁護の実践のために ~提言1~ 抽象的な福祉理念を「行動レベル」へ具体化する

「利用者の権利を守りましょう」「利用者本位」といった理念は重要ですが、抽象的な概念を示すだけでは、現場職員は「具体的に何をどうしたら、利用者の権利が守られる」のかが分かりません。

YELLの強みの1つは、抽象的な理念を「〜します」という具体的行動レベルに言語化した点です。

例:福祉理念「利用者の尊厳を大切にする」の具体化

  • 「親切丁寧な言葉遣いで話しかけます」(A-1)
  • 「自ら利用者のもとに近づく支援を心がけます」(B-10)
  • 「幼児扱いした言動をとりません」(A-1)

このように、「何をするか」だけでなく「何をしないか」まで含め行動レベルで明示することで、職員は日々の支援で迷わなくなります。

  • 権利擁護実践のヒント
    福祉理念や倫理綱領を読み直し、「この福祉理念を実践するための、具体的な行動は何か?」を職員と一緒に考えるワークショップを開催します。トップダウンではなく、現場の職員の共創することで、「自分たちの行動指針」として機能します。

権利擁護の実践のために ~提言2~ 「一度きりの研修」ではなく、継続的に行動指針に触れる仕組みを作る

年に1~2回の権利擁護研修だけでは、日常業務の中で権利擁護意識は徐々に薄れていきます。

YELLの強みは手帳サイズの携帯性と、月間テーマ制のポスター掲示、クイズ形式など、日常で繰り返し触れる仕組みで定着を促している点です。

人の意識を変えるには「年に1回の大型打ち上げ花火」よりも「日々の小さな積み上げ」が継続性を保ちます。日々の権利擁護の啓発と実践の繰り返しが重要です。

  • 権利擁護実践のヒント
    著名な講師を招く大規模研修会を年1回行うよりも、簡単に日々取り組めることを行いましょう。例えば…毎日の朝礼で行動指針の1項目を読み上げる。職員休憩室や掲示板に「今月の重点項目」を掲示する。毎月の職員会議で行動指針の1項目をピックアップして事例検討するなど…を取り入れてはどうでしょうか?

権利擁護の実践のために ~提言3~ 「対話できる組織文化」を作る

権利擁護の実践で最も困難なのは、「不適切では?」と感じた違和感を公式の場で対話を行う組織文化作りです。YELLの「仕事、組織への積極的な参画(G-5)」を適用し、健全な組織として「非公式の場で不平不満を言わない」「否定する場合は改善案とセットで」を会議ルールとして定めることが重要でしょう。

対話型組織を実現するためには、公式の場において心理的安全性を確保し、職員が感じた違和感を気兼ねなく共有できる環境を整えるとともに、批判だけで終わらせず、改善案も必ず添える「対話の作法」を徹底します。さらに課題を個人の責任ではなく、組織全体のテーマとして共有・解決していく仕組みを構築することが、建設的な議論を生み出す組織風土を実現します。

  • 権利擁護実践のヒント
    会議のルールや対話の作法を事前に整備し、建設的な議論が生まれる組織風土を作りましょう。その結果、指摘や異論が「個人攻撃」ではなく「より良い支援のための建設的提言」として扱う心理的安全性の高い組織となります。あわせて、前向きな意見に対してリーダーや専門職が専門知に基づく対応策を的確にフィードバックする文化を育むことで「勇気ある建設的提言」が正当に報われる組織を目指しましょう。

対話型組織開発の視点を取り入れる ~変革の「押しつけ」から「共創」へ~

組織を変える道は大きく二つあります。一つは、管理職が「これが正解だ」とトップダウンで指示する方法。もう一つは、現場の職員が対話を重ね「自分たちの正解」を共創する方法です。前者は伝統的なマネジメントスタイルですが、実際の成功率は高くありません。後者は時間がかかり、早期に結果を求める人からは物足りなさを感じるかもしれませんが、中長期的には持続可能で本質的な変化をもたらします。

なぜ「トップダウンの組織改革」はうまくいかないのか

従来の組織改革は、管理職(リーダー)が「問題を発見→分析→解決策を提示→実行させる」(計画的変革モデルの一例)の流れで進められてきました。これは「これが正解だ、ついてこい」というトップ主導型のアプローチです。しかし、組織変革の研究では、このアプローチでは変革の半数以上が失敗に終わる4とされています。

トップダウン型アプローチの失敗要因と組織風土

  • ①腹落ちしていない:現場職員が表面的にプロジェクトに参画するだけで本音では納得していない。「理屈はわかるけど…なんだかやりたくない」
  • ②やらされ感:正当な権利擁護の取り組みでも「上から言われたからやる」姿勢になり、冷笑的な態度を取る職員が出てきたりします。組織全体に、挑戦や改善に対して後ろ向きで否定的な空気が広がることもあります。
  • ③形式的な取り組みに終わる:表向きはプロジェクトに取り組んでいる様に見えて、実は姿勢が消極的です。その結果「やった感」で満足したり、本来の目的が骨抜きされた形骸化したプロジェクトになります。定期的に施策を打ち続けたり管理職が働きかけ続けないと、すぐに元の状態に戻ったり、短期間でプロジェクト自体が霧散します。
  • ④感情が合理性やメリットを上回る:「気に食わない」の感情が最優先され、自分自身にデメリットがあろうとも非合理な判断が行われます。

他責化の悪循環 ~負のスパイラル~

この組織風土では、改革が進まず不都合が生じても「自分事化」されず、やがて「〇〇が悪い」「〇〇のせいだ」との他責的雰囲気が蔓延します。

管理職(リーダー)がこれが「正しい支援だ」と押しつけても、腹落ちと当事者意識が生まれなければ、表面上の改善で終わる危険性があります。

人は理屈だけでは動かない ~「説得」と「納得」と「共感」~

組織は人の集まりです。哲学者アリストテレスが説いたように、人が行動するには「論理(ロゴス)」「感情(パトス)」「信頼(エトス)」の三つが必要です。トップダウンでの改革は、ときに「論理偏重」の改革論になっているのかもしれません。

「理屈は分かるが、納得・共感していない」この状態では、人は全力を出して行動しません。

誤解してはいけないこと(重要な補足)

大前提として「気に食わないからやらない」「納得できないから従わない」は、専門職(プロ)として言動を正当化できる理由にはなりません。福祉専門職の倫理綱領は「最善最良の支援」を求めています。5個人的な感情や不満を理由に支援の質を下げることは、専門職の責務放棄として扱われます。

ここでの論点は「最低限の遵守」と「主体的な実践」の差です。「言われたから形だけやる」のではなく「自分事として考え、改善を積み重ねる」を選ぶことで、表面的な「やった感」でお茶を濁すことなく、持続可能で質の高いサービスに近づきます。

福祉業界でよく語られる「最低基準が最高基準になる」の皮肉を効かせた格言は、最低ラインさえ守れば良いという消極姿勢への警鐘です。専門職(プロ)は「最低限」のレベルに留まることを許されません。基準は出発点であり、現場での学びと改善を通じて常にサービスの質の向上を目指すことが求められます。

寓話 『ハチドリのひとしずく』 から、自分にできることを考える

ある森が火事になり、森の動物たちが逃げ惑うなか
ハチドリのクリキンディだけがくちばしで水を運び、燃えさかる森へ一滴、一滴落としています。

「そんなことして、何になるんだ」と笑いながら問う動物達に彼はこう答えます。

「私は一滴の水を運ぶという、私にできることをするだけです」

南アメリカの先住民に伝わる話より

南米の先住民に伝わるとされるこの話(起源には諸説あり)は専門職としての権利擁護への向き合い方に示唆を与えてくれます。完璧(森の完全鎮火)でなければ意味がないとして行動を起こさないのか、それとも自分達の場所は自分達で守るという意思で、目の前の小さな改善を積み上げるのか?火事の最中に「誰々が悪い」と冷笑しても火は消えません。

この物語は、どのような結末を迎えたかまでは語られていません。「皆で力を合わせて火を消したのか」「森は燃えてしまったけれども復興に向け力を合わせたのか」「森がなくなり、動物たちが行き先を失ったのか」…その結末は読み手に委ねられています。同じように私たちの一滴(小さな気づきと行動)により、どんな未来を迎えるかは、これからの私たちの選択と行動にかかっています。

対話型組織開発とは何か ~トップダウンから「当事者が答えをつくる組織」へ~

注目されているのが、「対話型組織開発」(Dialogic Organization Development)の考え方です。対話型組織開発とは、関わる人たち自身が相互に対話をし、意味を共有しながら自分達の答えを探し、主体的に実践するアプローチです。外部の専門家(コンサルタント)や管理職が課題を「診断」して答えを決めるのではなく、現場の当事者が対話を通じて解決策を生み出す点を重視しています。

診断型組織開発と対話型組織開発の違い

組織開発には、診断型組織開発と対話型組織開発の2つがあります。診断型は組織開発実践者(専門家など)による診断を伴うアプローチ、対話型は事前の診断に依存せず、当事者自身が対話を通じて変革を生み出すアプローチです。トップダウンの「正解」に頼るのではなく、当事者が「納得と共感」を伴って実践に移せる解を共創する…これが対話型の求める姿勢です。

診断型組織開発対話型組織開発
誰が考えるか?外部専門家・管理職現場職員(当事者)
どう進めるか?調査→診断→改善案対話→共創→探索
職員の意識やらされ感当事者意識
変化の持続性短期・その場限り長期・継続的

対話型組織開発の実践の5つのステップ

対話型組織開発のプロセスは、以下の5つのステップで進めていきます。

ステップ① 本当の問題を見つける(適応課題)

「不適切な支援を防ぐ」といった抽象論で終わらせず、現場での本当の課題(具体化された問題)まで掘り下げます。
例:「先輩の支援に疑問を感じるけど、どう伝えればいいか分からない」「適切な支援の基準の浸透・共有が弱いのでは?」

ステップ② みんなで目的を明確にする。

管理職が一方的に「これが問題だ」と定義するのではなく、職員同士の対話で「私たちは何を目指すのか?」「良い職場にするためには何を変えればいいのか?」本当に関心を持っている課題を引き出します。

  • ポイント:リーダーは「答えの所有者」でなくてもよい。
    リーダーだけに正解を求める必要はありません。リーダーの役割は職員の考えや想いを引きだし、対話を促すことです。リーダーだけが答えを出すのではなく、みんなで答えを導き出すプロセスが重要です。
ステップ③ 小さく試して、学ぶ

「これが正解だ」と最初から全社規模の大規模プロジェクトを実施するのではなく、事業所や部署単位での小規模なプロジェクト(改善活動)を複数試しましょう。(PDCAを小さく、高速に回す)
例:「今月はA事業所で、朝礼でYELLを読んで、夕方に振り返ろう」「B事業所では、事例検討にYELLを使ってみよう」

うまくいった手法は法人全体に広げ、効果が薄ければ別の方法を試しましょう。
「小さく実践→学ぶ・検証する→改善」このサイクルを繰り返すことで、組織に合った取り組みが見つかり、自然と広がっていきます。

福祉現場には、唯一無二の絶対的な正解はありません。一発必中で正解を狙うのではなく、複数のアプローチを様々な角度(切り口を変えながら)で試しながら、自分達の正解を探ることが重要です。

ステップ④ 成功と失敗も、みんなで共有する

小さく試した結果を事業所内、法人全体で共有し対話します。
「なぜ成功したのか?」「失敗の原因は何か?」「別の方法はなかったのか?」
この対話を繰り返すことで、職員が現場の課題を「管理者任せ」「他人事」として扱うのではなく、自分事へと転換します。

ステップ⑤ 学び続ける組織を目指す

対話型組織開発の目的は、単発の「問題解決」ではなく「学び続ける組織を育てること」です。
権利擁護の課題は利用者一人ひとりの状況に応じて個別に考え、臨機応変な対応が必要です。誰かの唯一無二の正解を求めるのではなく、自分達で考え、対話を行い、学び続ける文化が必要です。

この「考え続ける文化」こそ、変化し続ける課題に柔軟に対応できる強い組織を作ります。

行動指針YELLは「完璧な答え」ではなく「対話の入口」

YELLは、対話を促進するための共通言語です。

「YELLのこの項目、どう解釈する?」「この場面では、どの項目が参考になる?」「追加したい内容はある?」

YELLを「絶対的な正解」ではなく、対話のための「たたき台」として扱うことで、職員は自ら権利擁護について考え、議論し、実践する機会を得ます。

リーダーの役割の転換 ~「答える人」から「問いかける人へ」~

対話型組織では、リーダーの役割が「問題解決者」から「対話促進者」へと変わります。

従来のリーダー像対話型組織のリーダー像
役割問題を解決する人問題を提起し、対話の場を作る人
姿勢答えを持っている人一緒に考える姿勢を示す人
行動指示を出す人職員の主体性を引き出す人

2つの組織の対比

①硬直的な組織

管理職が「これが正解だ」と断定すると、有無を言わせない雰囲気が生まれます。職員は発言を控え、指示待ちの姿勢が定着します。

②活発な対話が生まれる組織

一方で、管理職が「正直、私も迷うことがある。一緒に最善の答えを探そう」と正直に言える組織では、新人も「分からないことを聞いていい」と感じ、対話が行われる土壌が生まれます。

硬直的な組織から学習する組織へ。

不確実な時代に求められるのは、答えを押しつける指示型リーダーではなく、対話を促し共に学び、共創し答えを導き出す対話促進型リーダーです。

行動指針策定や権利擁護に関する質問(FAQ)

YELLのような行動指針の策定プロセスや権利擁護に関する質問にFAQ形式でお答えします。

Q
虐待防止について学びたいです。関連する資料があれば教えてください。
A

厚生労働省のウェブサイトの「通知・関連資料等6」に「障害者虐待の防止と対応の手引き」や「障害者虐待防止法に関するQ&Aについて」の資料、また全国社会福祉協議会のウェブサイト7にも「障害者虐待防止の研修のためのガイドブック」「障害者虐待防止の手引き(チェックリスト)」の資料が公開されています。
虐待防止の基礎知識から具体的な対応方法まで学ぶことができますので、ぜひご一読ください。

Q
行動指針や権利擁護について理解を深めるには他にどんな方法がありますか?
A

各専門職団体(職能団体)や福祉関係業界団体の倫理綱領などに目を通すことをおすすめいたします。これらの綱領には、専門職として求められる倫理観や行動基準が明文化されており、自法人の行動指針を策定する際の参考になるでしょう。
参考:「公益社団法人 日本社会福祉士会 倫理綱領8」「公益社団法人 日本介護福祉士会9」「精神保健福祉士の倫理綱領10」「日本知的障害者福祉協会の権利擁護11

Q
YELLのような行動指針を作成したいのですが、どのように作成したらいいですか?
A

まずは、「完璧なものを一度に作ろう」と考えないことです。小さく始めて、現場と一緒に育てていくイメージで取り組みましょう。

  • ステップ①:法人の理念や倫理綱領を確認する
    まずは自身の所属する法人の理念や倫理綱領などを確認し、大切にしている価値観を把握します。
  • ステップ②:現場の声を集める
    職員アンケートやワークショップで、「支援で迷う場面」「判断に困る場面」「理念や倫理綱領とズレを感じる場面」を集めます。
  • ステップ③:抽象的な理念を行動ベースに翻訳する
    抽象的な理念をアンケート、ワークショップで集まった意見などをもとに理念ベースから行動ベースに言語化します。
    例:「利用者の尊厳を守る」→「幼児扱いした言動をとりません」などのように誰が読んでも同じ行動をイメージできそうな具体性のある言葉に変換します。
  • ステップ④:カテゴリーに整理し、優先順位をつける
    行動ベースに言語化した項目をカテゴリーに分類したり、優先順位をつけて並べます。最初からたくさんの項目をピックアップせずに、重要度の高い項目だけを抜き出すとよいでしょう。
  • ステップ⑤:試行期間を設けて改善する
    3ヶ月~半年間の試行期間を設定し、現場で実践しながら、不足項目を追加したり、わかりにくい表現の修正を行います。

・重要なのは「使い続けること」
行動指針の価値は、作ることではなく使い続けることにあります。最初から完璧を目指すより、まず始めて、現場の声を聞きながら改善し続けることが成功のポイントです。

まとめ ~気づきの文化が、権利擁護を実現する~

行動指針YELLが示す、権利擁護の本質

本記事では、社会福祉法人悠久会の行動指針「YELL」を通じて、なぜ虐待が無自覚に起こるのか、そしてそれをどう防ぐのかを見てきました。虐待は、悪意ある人だけが起こすものではありません。善意や訓練という名のもとに、そして、知識不足や組織文化の歪みから見過ごされることがあります。

だからこそ必要なのは、「問題を問題として気づける組織文化」と「日常的に振り返れる具体的なツール」の両輪です。YELLは、「優しさ」「ゆとり」「喜び」という3つのYを、7つの柱・79の具体的な行動項目に落とし込み、職員が日々の現場で「気づき」を得て行動に移せる仕組みを提供しています。

ツールと組織文化、両方が揃って初めて機能する

YELLという便利なツールがあっても、それを使い続ける組織文化がなければ効果は得られません。逆に、良い組織文化を目指していても、具体的な行動基準がなければ、個人の価値観や経験則に頼ることになり、不適切な支援が引き継がれるリスクがあります。

悠久会の行動指針「YELL」の実践が示すのは、ツールと組織文化は車の両輪だということです。

  • ツール(YELL):具体的な行動指針、携帯性(手帳サイズ)、繰り返し触れる仕組み
  • 文化(組織の取り組み):月間テーマ制(ポスター掲示)、研修、事例検討会、委員会による推進

この両輪がかみ合うことで、権利擁護は組織文化として根づき、持続可能になります。

小さな気づきが、明日の福祉を変えていく

YELLは、一つの社会福祉法人の取り組みに過ぎません。

それでも、ひとつの現場で生まれた小さな「気づき」の連鎖は、記事での情報発信、法人間交流、日常の対話を通じて、確実に広がります。誰かの背中をそっと押し、別の現場の「やってみよう」を増やす。その積み重ねが、少しずつ福祉業界の当たり前を更新していくはずです

福祉は、暮らしのすぐそばにある営み。だからこそ、職員一人ひとりの小さな気づきが、誰もが尊重される社会への第一歩となります。等身大の実践を言葉にして届けることも、私たちの大切な仕事です。

最後に ~完璧でなくても、一歩ずつ前へ~

権利擁護の取り組みに終わりはありません。YELLも「作って終わり」ではなく、みんなで対話を重ねながら見直し、磨き続ける指針です。大切なのは完璧を求めるのではなく、今日を振り返って「昨日より、少しでも良い支援ができたか?」を問い続けること。一歩と言わず、半歩でもかまいません。

この記事が、みなさまの現場で「気づき」から「対話」が生まれるきっかけとなり、少しずつでも前進する力になることを願っています。

今日の半歩が、明日の当たり前をそっと変える。

「あなたらしく、わたしらしく」に、こころからエール。

「あなたらしく、わたしらしく」にこころからエール

補足:「SDGs目標16 平和と公正をすべての人に」への貢献 ~福祉の取り組みが社会全体の公正さを支える~

SDGs目標16 平和と公正をすべての人に

ここからは補足として、悠久会のYELLの取り組みとSDGsの目標との関連性を説明いたします。

YELLの取り組みはSDGs目標1612をはじめ、複数の目標に貢献しています。SDGsの5つのP13(People、Planet、Prosperity、Peace、Partnership)の「People(人間)」で記載されているように「人権尊重」を掲げています。

People(人間):すべての人の人権が尊重され、尊厳をもち、平等に、潜在能力を発揮できるようにする。貧困と飢餓を終わらせ、ジェンダー平等を達成し、すべての人に教育、水と衛生、健康的な生活を保障する

福祉と関連するSDGs目標16の項目

  • SDGs目標16.2「子どもに対する虐待、搾取、人身売買、あらゆる形の暴力や拷問をなくす。」
  • SDGs目標16.3「各国でも、国際的にも、法律にしたがってものごとが取りあつかわれるようにし、すべての人が、平等に、争いを解決するための裁判所などの司法を利用できるようにする。」
  • SDGs目標16.6「効果的なはたらきができ、そのはたらきについて十分な説明ができ、だれにでもそのはたらきの内容や過程がわかるような公的な機関を、あらゆるレベルで発展させる。」
  • SDGs目標16.7「あらゆるレベルでものごとが決められるときには、実際に必要とされていることにこたえ、取り残される人がないように、また、人びとが参加しながら、さまざまな人の立場を代表する形でなされるようにする。」

上記の項目は虐待防止、権利擁護、説明責任(アカウンタビリティ)、意思決定支援などの福祉と関連する項目です。虐待防止や権利擁護の取り組みは広く認識されていますが、SDGs目標16との関連で特に注目すべきなのが「説明責任(アカウンタビリティ)」の実現です。

行動指針YELLが説明責任(アカウンタビリティ)を果たす仕組み

行動指針「YELL」は、単に虐待を防ぐためのルールではありません。むしろ、職員一人ひとりの支援の判断や行動に明確な根拠を与え、「なぜその支援を選択したのか」を組織として説明できる仕組みとして機能します。以下、YELLがどのように説明責任(アカウンタビリティ)を実現するのか、その具体的な仕組みを見ていきましょう。

①「なぜその支援をしたのか」を説明できる根拠

YELLの79項目は、職員が支援を行う際の具体的な判断基準です。

例えば、ある支援方法について疑問を持たれた時、職員は「YELLのB-1『職員主導ではなく、利用者主体の支援を行います』に基づいて、利用者の意思を最優先しました」と説明できます。

「何となく(主観)」「経験上」ではなく、明文化された基準に基づいて行動している。これが説明責任の第一歩です。

②透明性の確保 ~誰にでも確認できる客観的判断基準~

YELLは手帳化され、支援職員に配布されています。これにより、下記の効果をもたらします。

  • 職員全員が同じ基準を共有している(恣意的な判断の防止)
  • 利用者・家族も基準を確認することができる(外部からの検証可能性・説明責任への貢献)
  • 新人も先輩も同じ基準で判断できる(属人性の排除)

SDGs目標16.6に記載されている「だれにでもそのはたらきの内容や過程がわかる」状態が、YELLによって実現されています。

行動指針YELLがSDGs目標16を「実装」する意義

多くの福祉事業所が「虐待防止」や「人権尊重」を理念として掲げています。しかし、それが具体的な行動基準として明文化され、日常的に参照され、継続的に検証される仕組みにまで落とし込まれているケースは多くありません。

行動指針YELLの取り組みは、SDGs目標16が求める以下の要素を、福祉現場に取り込むための試みです。

SDGs目標16の項目YELLの目指すもの
16.2 虐待防止行動指針YELL-79項目の具体的行動基準による虐待防止及び権利擁護
16.3 法の支配明文化された行動指針に基づく判断基準
16.6 説明責任「なぜその支援をしたのか?」を説明できる根拠
16.7 包摂的意思決定YELLによる利用者の意思決定の推進及び対話型組織開発による職員の参画

YELLを通じて、明確な行動基準を示し、職員が対話しながら実践を振り返り、「なぜその支援を行ったのか?」を説明できる組織を作り、その結果、権利擁護が推進される。この一連の取り組み自体が、SDGs目標16の実践なのです。

悠久会のSDGsへの取り組み ~より広い視点で~

本記事ではSDGs目標16 ~平和と公正をすべての人に~ に焦点を当てましたが、社会福祉法人悠久会はSDGs全体を事業戦略に組み込んだ経営を実践しています。SDGsの17の目標すべてに対する悠久会の具体的な取り組みを知りたい方は悠久会のSDGsの取り組みをご覧ください。


  1. 障害者虐待防止法-厚生労働省-2012年10月1日施行 ↩︎
  2. 令和5年度都道府県・市区町村における障害者虐待事例への対応状況等(調査結果)-厚生労働省-2024年12月25日 ↩︎
  3. 民法等の一部を改正する法律について-法務省-2024年4月1日-民法(親権に関する規定)改正により「懲戒権」条項は削除。 ↩︎
  4. Leading Change: Why Transformation Efforts Fail(PDF)-Harvard Business Review-1995年 ↩︎
  5. 社会福祉士の倫理綱領(PDF)-日本社会福祉士会-「倫理基準 Ⅱ 組織・職場に対する倫理責任」において「1.(最良の実践を行う責務) 社会福祉士は、自らが属する組織・職場の基本的な使命や理念を認識し、最良の業務を遂行する。」と定められている。-確認日:2025年11月4日 ↩︎
  6. 障害者虐待防止法「通知・関連資料等」-厚生労働省-確認日:2025年11月4日 ↩︎
  7. 障害者虐待防止の手引き、研修ガイドブック-社会福祉法人 全国社会福祉協議会-確認日:2025年11月4日 ↩︎
  8. 日本社会福祉士会の倫理綱領・行動規範-公益社団法人 日本社会福祉士会-採択日(倫理綱領2020年6月30日、行動規範2021年3月) ↩︎
  9. 日本介護福祉士会 倫理綱領-公益社団法人 日本介護福祉士会-宣言日1995年11月17日(確認日:2025年11月4日) ↩︎
  10. 精神保健福祉士の倫理綱領-公益社団法人 日本精神保健福祉士協会-確認日2025年11月4日 ↩︎
  11. 日本知的障害者福祉協会 倫理綱領・行動規範-公益財団法人 日本知的障害者福祉協会-確認日:2025年11月4日 ↩︎
  12. SDGs目標16「平和と公正をすべての人に」-外務省-確認日:2025年11月4日 ↩︎
  13. SDGsの考え方-公益財団法人 日本ユニセフ協会-確認日2025年11月4日 ↩︎

Sustainable Development Goals

悠久会は、持続可能な開発目標(SDGs)を推進しています。

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この記事を書いた人

永代 秀顕

〔プロフィール〕
社会福祉法人悠久会の理事長。大学で社会福祉を学び卒業時に社会福祉士(certified social worker)を取得。2005年入職、2019年より現職。
悠久会は長崎県の島原半島を中心に福祉事業を行っており、SDGsとまちづくりを含めた社会課題と福祉課題の同時解決に取り組んでいます。

〔保有資格〕
・認定社会福祉士(障がい分野)
〔活動等〕
・SDGsアンバサダー(日本青年会議所公認)として、自法人でSDGsの実践に取り組むと同時に、社会福祉法人が取り組むSDGsの事例等について講演や福祉業界紙への執筆活動等を行っています。
〔所属団体等〕
・(一社)長崎県社会福祉士会 (2016年~2019年 副会長)
・(一社)長崎県知的障がい者福祉協会 理事、九州地区知的障がい者福祉協会 理事
・(一社)島原青年会議所 第64代理事長(2020年 卒会)