はじめに
福祉とは何か。考えたことはありますか?介護やボランティア、バリアフリー等々、色々なキーワードが思い浮かぶかもしれません。小学生の時の車椅子体験などが思い出される方もいるでしょう。しかし、福祉には、もっと幅広く奥深い意味があります。福祉が意味するものとは何なのか、今社会に求められている福祉とは何なのか、少し探ってみませんか?
福祉の定義
福祉の語源
福祉とは何でしょうか?広辞苑では「幸福」「公的扶助やサービスによる生活の安定、充足」と定義されています。
漢字に注目してみると「福」と「祉」には、どちらも「さいわい」「幸せ」という意味があります。また、福祉は英語で「well fare」「well-being」の翻訳です。「well」=「快い、すこやかな」、「fare」=「くらす、やっていく」、「being」=「生きる、人生」つまりは、誰もが等しく享受できる幸せな暮らしのことを示すのです。
一体どのようなものか、見当がつきませんよね。なぜなら、何を幸せと感じるかは個人差が大きく、具体的に特定できないものでもあるからです。
(※ウェルビーイングについて詳細を知りたい方はSDGs目標3「福祉によるウェルビーイング向上の取り組み」の記事をご覧ください。)
福祉をとらえるモデル
憲法25条【生存権】においては、すべての人々が、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利をもっていることが示されています。最低限度の基準は、国の生活水準によって異なりますが、現代の日本においては、どのような暮らしが享受できることが求められているのでしょうか。
日本福祉大学の「ふくし」モデルでは、ふくしの領域を「『いのち・権利』を尊重する」「『くらし』を豊かにする」「『いきがい』のある人生」の重なるところだと示しています。つまり、一人ひとりのいのちが守られ、衣食住の満足だけでなく、働くことや余暇活動などを通して、人や社会と繋がり、自分の存在意義を感じられ、自己実現ができる、そのような社会をつくっていこうということです。
引用:日本福祉大学「はじめてのふくし20版」
言い換えれば、近年注目されている、身体的にも社会的にも満たされた幸福な状態、Well-being(ウェルビーイング)の追求が重要だといえます。社会的孤立を解消し、人や社会とのつながりをもって生きていく、そのような暮らしのあり方が、人々にとって豊かではないかということが問われています。
一般的な福祉へのイメージ
上記の意味合いをもつ福祉ですが、あまりこのようなイメージをもっている人はいないのではないかと思います。戦後、日本国憲法(13条・25条)や法律(福祉三法:児童福祉法、身体障害者福祉法、生活保護法)において、福祉という言葉は、国が施すべき施策(公的扶助)という意味で言及されることが多くありました。そのため、福祉といえば、高齢者福祉(介護)、障害者福祉、あるいは生活困窮者のための支援といった、社会的弱者と呼ばれる人々のためのもの、というイメージをもつ人も多いでしょう。誰もが幸せを享受できる状態をつくるためには、不平等さをなくすために、生きづらさを抱える人に対して何らかの支援が必要となる。よって、結果として国の施策として定められているということになります。
参考:西村昇、日開野博、山下正國編著「七訂版 社会福祉概論:その基礎学習のために」
福祉を自分ごとに
これらを踏まえると、多くの人にとって福祉が身近でなく、自分事になりにくいのは自然なことかもしれません。ただし、冒頭に述べたように、福祉は特別な人のためのものではなく、誰もが享受できるべき幸せであり、では、その幸せをつかめるようにどうしたらよいのか、それを考えたり実践したりするものだと考えられます。
また、今支援を必要としていない人も、自身の病気発症や家族の介護、経済危機や感染症などをきっかけとして、福祉的支援を受けることになる可能性があります。福祉を自分事として考えておくことで、自分や身近な人、地域の人がそういった状況に陥ったときにも何か手助けができるでしょう。
福祉の仕事とは
福祉に関わる職種
福祉の仕事は、一言でいえば、健康で文化的な暮らし、幸せな暮らしを誰もが送ることができるように、支援が必要な人々に寄り添い、伴走することです。このすべての人々の幸せ(福祉)を実現するための社会の仕組み(=社会福祉)として国や自治体で定められているのが社会福祉サービスになります。主に、高齢者福祉、障害者福祉、児童福祉、母子・父子・寡婦福祉、生活保護などに分類されています。
実際にどのようなサービスなのでしょうか?ここでは、詳細は割愛しますが、福祉サービスには、例えば以下のような職種があります。
- 老人ホームや障害者支援施設などの施設で、食事や入浴の介助などを行う支援員
- 共同生活を行うグループホームで、食事や服薬などをサポートする世話人
- 一般企業等への就職が困難な方の作業能力向上や自立訓練を行う職業指導員
- 自宅で居住している方に対して介護を行う、訪問介護員(ヘルパー)
- 支援を受けるにあたり指針となる、ケアプラン/サービス等利用計画などを作成する介護支援専門員(ケアマネージャー)/相談支援専門員
この他にも多種多様な職種が存在し、多様な人が関わっています。看護師、理学療法士や作業療法士など、医療従事者も施設内に配置されるほか、病院との連携も不可欠です。さらには、施設にて支援を行う人以外にも、自治体の福祉課、社会福祉協議会、地域包括支援センターなど、地域での暮らしを支えるためにサポートしている機関や人が存在します。
具体的には、例えば、介護(高齢者福祉)分野でいえば、年をとり介護が必要になったとしても、住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けられるために、医療・介護・地域の団体等が一体となって支える仕組み「地域包括ケアシステム」の構築が進められています。
参考:厚生労働省「地域包括ケアシステム」
これらは、主に国の法律や制度に基づき、地域一体となって行政・医療・福祉・その他団体が連携し支援が必要な方を支える仕組みになりますが、これらだけでは困り事の全てを解決できないことから、企業や専門機関、NPO等の市民団体の連携も重要です。例えば、工学・医療も連携して行う福祉ロボットの開発のように、当事者の暮らしをより快適にするために必要なものをつくる、それも分野横断の連携によるものです。
地域共生社会~共助のまちを再構築する
さらには、多様な人々の協働により、市民一人ひとりが助け合って暮らしていく「地域共生社会」がこれからの福祉におけるキーワードでしょう。かつては、地域の相互扶助や家庭同士、職場といった人々の助け合い、支え合いの機能が存在していましたが、人口減少・高齢社会のなかで、地域コミュニティが衰退し、暮らしを支えていた基盤が崩れつつあります。そこで、関係性を再構築するために「地域共生社会」、すなわち、「制度・分野ごとの『縦割り』や「支え手」「受け手」という関係を超えて、 地域住民や地域の多様な主体が参画し、人と人、人と資源が 世代や分野を超えてつながることで、住民一人ひとりの暮らしと生きがい、地域をともに創っていく社会」を目指すべきだと唱えられました。困ったときに助け合える関係性を築くには、日ごろから顔を合わせる機会があることはもちろんのこと、一人ひとりが役割をもって活躍できる場づくりや、困り事を拾い上げ、解決できるサービスに結びつけられる体制づくりなどが必要になってきます。
引用:厚生労働省「地域共生社会のポータルサイト」
このように、当事者一人ひとりの豊かな暮らしを実現するためには、様々な機関の人々が、それぞれの専門性を活かしながら他の人や団体と協働して働きかけを行うことが大切です。
悠久会のめざす福祉とは?
これまで概念的な、一般的な話をしてきましたが、社会福祉法人悠久会は実際にどのような福祉を目指し、実践しているのでしょうか?
【ビジョン】全ての人々の心が通い合う心豊かな社会の実現
悠久会では、障がいをもった方もそうでない方も「全ての人々の心が通い合う心豊かな社会」の実現を目指しています。住み慣れた地域で安心して暮らし続けられるようにするために、「SDGsと福祉とまちづくり」をテーマに掲げ、障がいのある方の生活支援・就労支援・相談支援などの福祉サービスを提供しています。福祉課題と地域課題を同時に解決するべく、多様な人や団体と協働し、持続可能な福祉のまちづくりに取り組んでいます。
【ミッション】YDGs
「全ての人々の心が通い合う心豊かな社会」というビジョンを達成するために、何をすべきでしょうか。悠久会では、職員の行動指針となる「YDGs」を掲げました。悠久会が担うべき使命(中長期的なミッション)として、福祉の心を育む、3本柱「優しい心」「ゆとりある心」「喜びの心」に基づいた15の目標を掲げています。
心に着目した理由は、地域福祉や地域共生社会、といった概念が定着しつつあるものの、障がいのある方とそうでない方が交わる、触れる機会は少なく、心の距離があると見受けられるためです。SDGsのなかでも特に社会福祉法人として優先すべき事項を計画に盛り込みました。地域共生社会を目指していくには、自分達の業界内での視点のみで物事を考えず、SDGsを共通言語に多種多様な方々とのパートナーシップを構築し、福祉の垣根を超えた連携を行っていくことが重要になります。
では、それぞれの目標には具体的にどのような意味があるのでしょうか?
【優しい心】
やさしさをもって利用者に接するなんて、当たり前にも思えますが、やさしさとは一体何でしょうか。福祉は思いやりが基本ではありますが、困っていることを全てしてあげるのが良いわけではありません。自立とは、必要に応じて支援を受けながら暮らし方や働き方を自分で選択できる状態です。本人の自立に向けて一人ひとりの意思を理解し、長期的な姿を見据える想像力をもって、潜在能力を引き出すような支援が必要なのです。
【ゆとりある心】
ゆとりは、利用者さんが日々を笑顔で過ごせるよう、一人ひとりに柔軟に対応できる組織であるために必要なものです。福祉の仕事は人生の伴走者ともいわれます。支援にあたる職員の価値観や考え方、行動が、利用者の人生を変えるといっても過言ではありません。支援員自身が仕事を楽しむことができる環境があること、余裕があることによって、利用者さんにとって何が望ましいのかを深く考えることができるようになるでしょう。つまり良質なサービスに繋がるのです。
【喜びの心】
喜びのある暮らしとは、障がいのある人もない人も含めて、多様な人々が、経済的のみならず、心身ともに健康で、自分らしく生きていける、そんな暮らし。そして、程度は人それぞれであっても、人や社会との繋がりが不可欠でしょう。喜びを感じる瞬間は人それぞれです。だからこそ、本当の豊かさとは何なのか?を問う必要があります。一人ひとりが求める未来は何かを一緒に考え、引き出すこと、そしてそれが実現可能な仕組みを構築していくことが必要となってきます。
地域全体の視点で考えれば、地域の人や社会が喜ぶ、つまり何かを犠牲としない「六方よし*」の考え方で感謝と共感が循環する地域経済・社会、つっまり喜びあふれる地域づくりを目指しています。具体的には、社会福祉法人として、地域に対してモノやサービスを提供する就労支援事業において地域に好循環をもたらす仕組みを考えたり、法人のもつハード・ソフトを社会資源として活用したりなど、福祉のまちづくりに取り組んでいくということです。
六方よしとは、近江商人の経営哲学「三方よし」の「買い手良し」「売り手よし」「世間よし」に加えて、昨今の社会情勢を踏まえて、「作り手よし」「地球よし」「未来よし」の3つを軸として、社会的・公益的な事業運営を進めるという考え方です。
福祉とまちづくり
福祉とまちづくりの関係性
悠久会で、福祉とまちづくりに取り組んでいることはすでに言及しましたが、具体的にそれらはどのように関係しているのでしょうか?以下は、障がいのある方がどのような環境におかれているのか、その一部を示したものです。
障がいのある方のなかには、家庭環境や経済的困窮をはじめとした様々な要因から、十分な療育や職業訓練の機会を受けられなかった結果、地域で十分に働いていくことができず、自分の望む場所での居住が難しかったり、余暇を充実させることができなかったりと、生活力が低く、心豊かに暮らしていけない状態にある人がいます。
このような環境は、人と接する機会が少ないために、社会的孤立、自己肯定感の低下や周囲の無意識な差別を生み出してしまいます。心身の不健康、精神的・経済的余裕の欠如は、暮らしへの希望を失わせてしまうでしょう。地域全体でみれば、一人ひとりの経済格差の拡大、貧困層の増加によって、地域全体の所得・消費が減少し、地域の中でお金が廻らず、活力が乏しくなります。それに伴い、福祉サービスの充実度も下がり、障がいのある人にとっても地域全体にとっても負の連鎖に陥ります。つまり、障がいのある方にとって生きづらく、活力が乏しい地域であるわけです。
では、これらの問題を解消するために何をすべきでしょうか?例えば、福祉施設と医療機関、企業との連携体制が強化されるなど、障がい者の療育や経済的問題、移動などの問題を解決するような仕組みができれば、障がいをもっていても活躍出来る場が広がり、人や社会との交流が芽生え、精神的・経済的余裕が生まれるでしょう。
人口減少・少子高齢社会のなかで、様々な問題が複雑化している今、国や地方自治体による行政サービス・福祉サービスだけでは、暮らし続けられるまちを持続させることは困難です。そういった地域の困り事を解決するような取り組みを個人や団体、企業等が連携して取り組むことが求められています。例えば、障がいのある人も含めて誰もが楽しめる文化芸術やスポーツ、学びの機会や、地域のコミュニティの場、多様な人、柔軟な働き方を受容するような雇用の場など、異なる関係機関の連携なしには実現できないでしょう。
公益性を追求して
特に、悠久会は、社会福祉法人という公益性をもつことはもちろんのこと、神社保育に始まり、それ以来、原点として「地域社会や人から必要とされることが私たちの存在価値である」という想いを抱いています。
障がいのある方に向けた福祉サービスの充実を追求することはもちろんですが、人口減少・少子高齢社会、気候変動等の深刻化や地域コミュニティの衰退に直面しているいま、暮らしの基盤がおぼつかない状況で、障がいのある方の暮らしをより良いものにすることはできません。また、誰もが地域のなかで人や社会との繋がりをもった暮らしを可能にするためには、社会福祉法人の運営する施設を地域にひらき、地域を巻き込んだ(地域の課題をも解決する)就労支援事業を展開していくべきだと考えています。
悠久会では、まだ拾うことができていない社会課題も山ほどありますが、もとより行っている事業を中心として福祉サービスを充実・拡大させるなかで、地域へのアプローチを心がけています。例えば、介護が必要な方をはじめとして日中および夜間の生活をサポートする障がい者支援施設では、QOL(生活の質)、ウェルビーイング向上のため、手厚いリハビリ等によって健康を維持したり、栄養価の高い食事を提供したりすることは当然として、クリスマスパーティーや餅つきなど、季節に合わせて非日常の企画を実施しています。
日常的には安全安心のために閉じる必要性もありますが、そのなかでも、定期的に開催している清掃活動を通して、住民の方と顔を合わせたり。町内の伝統行事に参加し、継承をお手伝いしたり。音楽や芸術の発表の場を通じて、一緒に楽しんだり。コロナ前は、施設を開放して「悠久会まつり」を開催し、利用者さんも地域の方々も一緒になって催しを楽しんだり。施設外での人・もの・こととの関わりが、利用者さんをより活き活きとさせているのではないかと思います。
障害者支援施設で行う“生活支援”は、衣食住の充実だけではなく、地域との関わりをもち、豊かな暮らしをサポートすること。そのためには、地域に出向いていく、地域の人々と触れ合う機会が必要です。福祉を追求していたら、地域と密接に関わるようになり、次第に地域に足りないものや困り事に気づき、一緒に取り組んでいく、そのような状態を目指しているということです。
障害者支援施設のほか、様々な施設、支援においても、制度、サービスの中だけを見るのではなく、利用者さんが活き活きと暮らしていくために地域に必要なことを考え、実践することが、福祉の仕事といえるのかもしれません。
まとめ
今回の記事で主に伝えたかったのは、
- 「福祉」とは誰もが享受できるしあわせ(豊かな暮らし/ウェルビーイング)を意味するもの。決して他人事ではない。
- 福祉の仕事は一人ひとりの生きがい、自己実現を伴走支援する仕事。地域共生社会の実現には、多様な人や団体の連携が必要不可欠である。
- 福祉とまちづくりは絡み合っている。一人ひとりの幸せを実現するためには、福祉サービスの充実だけでなく、まちへのアプローチも必要である。
ということです。
今回、福祉の語源から、福祉にかかわる仕事の概要、悠久会が落とし込んでいる福祉の姿、福祉とまちづくりの考え方を説明することで、福祉が意味するものや、今求められている福祉像を捉えてきました。
福祉という言葉もそうですが、福祉を語るうえで使われる言葉も、輪郭がぼんやりとしたものになりがちです。なぜなら、福祉(人の幸せ)には、100人いれば100通りの人生、幸せの形があるから。人権侵害は許されない、といった基準は設けられているものの、決まりきった正解というのは基本的にないように思います。
それゆえ単純な仕事ではないけれども、福祉の仕事の醍醐味はここにあるのかもしれません。支援者をはじめとする福祉従事者は、その人にとっての幸せが何なのかを考え続け、挑戦や体験の機会をつくり、活き活きとした人生を一緒に歩む伴走者。もちろん、誰しも人は人生山あり谷ありです。困っている時に福祉サービス等に繋がることが多く、厳しい場面にも多々直面することになるでしょう。
そういった面も含めて、福祉は奥深いもの。以前、上司が「こんなにも、人や人の人生に本気で向き合い続ける仕事はないと思う」と言っていたことをよく覚えています。決して派手な目立った仕事ではないですし、成果が見えるのに時間を要することも多いですが、人と人との関係性のなかで小さな喜びの連続がやりがいへと繋がるようなそんなお仕事です。あまり表に見えないかもしれませんが、少しでも知っていただければ幸いです。
参考
悠久会SDGs小冊子 ~福祉×SDGs×まちづくり~
今回記事中で述べた、福祉とまちづくりに関することは、小冊子「福祉×SDGs×まちづくり」にまとめています。福祉面のアプローチだけではなく、全世界の共通課題であるSDGsの視点と、まちづくりの視点を取り入れた「福祉×SDGs×まちづくり」。この冊子では、持続可能な地域福祉の実現のために悠久会が取り組みたいこと、課題解決のために私たちがこれまで行ってきた取り組み事例を分かりやすく解説しています。
社会福祉法人が取り組むまちづくり
もっと詳しく福祉とまちづくりについて知りたい方は、福祉とまちづくりに取り組む根底にある考えや想いなどを、理事長が綴っていますので、ぜひご覧くださいね。