はじめに
当法人では、以前より障がい者の文化芸術活動の推進に取り組んでいこうと考えています。そのうえで、先月福岡県で障がい者アートに取り組まれている先進事例の視察に行ってまいりました。文化芸術活動推進の背景から、視察における気づきなどをレポートしていきます。
1.障がい者の文化芸術活動推進の意義
障がい者の文化芸術活動とは、文化庁の「障害者による文化芸術活動の推進に関する基本的な計画(第2期)」において、以下の理念(視点)をもって取り組まれているものです。
①障害者による文化芸術活動の幅広い促進
②障害者による芸術上価値が高い作品等の創造に対する支援の強化
③地域における、障害者の作品等の発表、交流の促進による、心豊かに暮らすことのできる住みよい地域社会の実現
つまり、芸術家を目指す人から日常の楽しみとして行う人まで、障がいの有無にかかわらずどのような人であっても、地域の様々な場で幼少期から生涯にわたり、多様な文化芸術活動に参加でき、それらを支援できる体制を構築し、文化芸術活動を通して、地域に新たな活力を生み出し、障がいへの理解、お互いの価値を認め尊重し合う地域共生社会を構築することを目指す、ということです。
厚生労働省 障害者による文化芸術活動の推進に関する基本的な計画(令和5年3月制定)
近年では、文化芸術活動のなかでも、美術分野に関して、「障がい者アート」というような言葉もよく耳にするようになってきました。この言葉は、厳密には定義されていませんが、とりわけこれらの活動が盛んに進められる理由としては、視角や手指からの感覚的な刺激を通して豊かな感性を培うことができ、また、自分の想いや考えをうまく表現出来ずコミュニケーションがうまくいかない方も含めて、全ての人が自由に素直に自己表現できる手段としての可能性をもっているということにあります。(この記事においても、障がい者の美術分野に関して「障がい者アート」という言葉を用いています。)
一方で、地域間の機会格差などから、全ての障がいのある方にとって、その機会が十分に提供されているとはいえない状況です。支援者の意識向上や地域や福祉施設における環境の整備が必要となっています。
また、2025年には、第40回国民文化祭、第25回全国障害者芸術・文化祭が長崎県で開催される予定です。長崎県では初の開催となります。より一層長崎県内での文化芸術活動を活発化させていきたいところです。
参考:長崎新聞 国民文化祭 2025年度開催地 長崎県が内定 知事「地域活性の契機に」
2.悠久会が文化芸術活動に取り組む理由
〇障がいのある方の彩りある豊かな暮らしの実現
悠久会では、法人のビジョン、また事業戦略であるYDGsでも言及していますが、全ての障がいをもつ方の「ウェルビーイング(Well-being)の達成」つまり、経済的のみならず心身ともに、また社会的にも満たされた幸福な生活を目指して、日々支援に取り組むことを目標として掲げています。
目標15:彩り豊かな生活を
生活の質を向上させるために、文化・芸術・スポーツ活動を推進し余暇活動を充実させることで、生活に彩りをもたらします。
参考:YDGsのミッション~喜びの心〜の目標5つについて詳細に解説します。
具体的には、文化芸術・スポーツ・生涯学習など活動の選択肢の幅を広げ、障がいのある方が様々な体験や経験、チャレンジできる機会を創出し、QOL(生活の質)を向上させられるような取り組みを進めたいと考えています。障がい者支援施設や生活介護サービスにおける日中活動に加え、就労支援の事業所においては、月に1回程度開所日を設け、レクリエーション等を通して社会経験の幅を広げる活動を行っています。
就労訓練だけでなく、余暇活動における様々な経験が、リフレッシュ方法や趣味の開拓など、心身共に健康に働くための暮らしの充実や、地域社会の一員として役割をもちながら暮らしていくための社会生活の訓練にも繋がります。
就労訓練だけでなく、余暇活動において様々な経験をすることで、心身共に健康に働くうえでも必要なリフレッシュ方法や趣味の開拓に繋がったり、地域社会と繋がりをもち、その一員として暮らしていく実感が得られるようになったりと、暮らしの充実を図ることができます。
〇悠久会の芸術文化活動の現状
悠久会では現在、障がい者支援施設銀の星学園において、音楽が好きな利用者さんと職員で結成された「トカトカどん」という音楽サークルが結成され、日ごろより練習を重ね、法人内の行事や地域のイベント等において歌と太鼓の演奏を行っています。日々のなかで音楽に触れる時間が心を落ち着かせる時間になっていたり、多くの方の前での演奏経験を重ねることで、よりやりがいを見出すようになったりと、活動を楽しむ利用者さんの姿がみられてきています。
また、悠久会では就労支援部門において、多様な就労支援メニューを展開し、一人ひとりがより多くの選択肢から選ぶことができる環境を整えていますが、木工や陶芸などに取り組んでいる事業所もあります。
ただし、これらの活動は一部であり、法人全体で障がいのある方の文化芸術活動に取り組む意識は十分に浸透していません。そこで、まずは講師をお呼びして、まずは支援職員向けの絵画ワークショップを開催しました。自身がアートを体験することで、はじめてでも惑いを感じないような声かけなどを具体的に考え、創作活動を行う意義を再確認するきっかけとなりました。
その後、実際に入所施設において利用者さん向けのワークショップを実施しています。普段は言葉の少ない利用者さんも、とても笑顔で創作される様子がみられ、また完成した作品の力強さや繊細さから、芸術には障がいの壁は存在しないと強く感じることができました。
まだ、現在進行中で道半ばの取り組みではありますが、10月29日(日)には、「令和5年度長崎県障害者芸術文化の発表の機会確保事業」として「みんなのフェス」を開催します。障がいのある方の描く個性豊かな作品の展示やライブペインティング、音楽パフォーマンスの発表の場により、障がいの有無関係なく芸術を通して心通い合う瞬間、空間を生み出すことができればと考えています。
このような経緯で、今後、日々創作活動のなかで本人の可能性を引き出す支援の仕方や、作品の魅せ方などを模索していくにあたり、以前より障がい者アートに取り組まれている事例として、福岡県にある以下の2つの場所を視察してまいりました。
3.視察①「ギャラリー宏介」
1つ目は、太宰府市にある「ギャラリー宏介」です。
〇太田宏介さんの絵との出会い
太田宏介さんは2歳のときに知的障がいをともなう自閉症と診断されました。小さな頃から粘土が好きで手先の器用だったこと、また10歳の頃に造形教室の先生と出会ったことをきっかけに、かれこれ30年ほど絵を書き続けています。最初から絵が上手だったわけではなく、先生の指導を受けながら個性のある表現に磨きがかかってきたそうです。
幼少期は奇声や多動などが多くみられ、いつも落ち着きがなかったものの、絵と出会ってから段々と心身ともに落ち着いていくという変化があったといいます。
〇ギャラリー宏介株式会社
2000年からは福岡市内の福祉事業所「工房まる」に通所し始め、変わらずのびのびと描き続けているなかで、サラリーマンをしていた実兄である信介さんが宏介さんの絵の温かみや人の心を動かす力に気づき、その絵を通じて多くの人に元気や勇気を伝えたいという想いから2020年に起業されました。日本各地で個展や講演会を開催したり、絵として見てもらうだけでなく雑貨等の商品化、販売を行ったりしています。直接作品を見てもらった後は、宏介さんの制作の調子が特に良いそうです。個展は全国にとどまらず、現在は海外へも進出しており、障がいだけでなく国を超えて宏介さんの絵を届ける試みを続けておられます。
〇ギャラリーの様子
ユニークなタッチと色使いで仕上げられたこれまでの作品・商品の数々
ボードの端まで塗るというこだわり。それをも楽しんでもらえるように額縁で覆い隠さない工夫が凝らされています。
制作年が記載されており、自分のスタイルが確立されてきた過程もみられます。
〇感想
「重度の知的障がいで地図がわからなかったり、うまく言葉が話せなかったりしても、そんなことどうでもいい。自分の得意や好きの延長にある成果に対する評価が、本人の自信や生きがいに繋がっている。」という言葉がとても印象的でした。宏介さんの、固定概念にとらわれずダイナミックに描く絵は、生き生きとしており、見入ってしまうものでした。
【ギャラリー宏介公式ホームページ】
https://www.kousuke-ohta.com/
4.視察②「工房まる」
2つ目は、太田宏介さんも一アーティストとして所属する福祉作業所「工房まる」を視察しました。
〇工房まる
工房まるは、アートを活動の柱として、障がいのある人ない人を区切らず、人と社会の関わりのなかでのその人らしさを引き出すことを目指し活動を行っています。具体的には、絵画や陶芸などの創作活動を「生活・仕事・ケア」の3つの視点で働き方や生き方に合わせてサポートしています。いくつか拠点があるなかで、今回は、生活介護の事業所である野間のアトリエを視察しました。
〇野間のアトリエ
生活介護でアート制作を行う事業所で、脳性麻痺や高次機能障害、自閉症、ダウン症など様々な障がいをもつメンバーが陶芸や木工、絵画の制作に取り組んでいました。どの作業スペースでも、異なる障がいをもつメンバー同士がお互いを許容しているような、とても自由で和やかな雰囲気に包まれていました。
〇一人ひとりの可能性を引き出す工夫
作業工程を可視化するカードを作成したり、色のむらをアンティーク調に活かして商品化したりするなど、利用者さんの個性を活かした創作活動の支援、またそれを商品にする工夫と熱意がとても素晴らしかったです。その人に適した作業を見つけ、商品化するに至るまでに何年もかかるケースも多く、じっくり一人ひとりが自分と向き合い、ともに試行錯誤する姿が垣間見えました。
作業工程のカードを見ながら、一つ一つ板から木を切り出し、針金を曲げ、つくり出された一点ものの壁掛け時計。
紙を丸めるという趣味を活かしてつくられた、工房まる名物「おとたま」
お得意の手彫り木版とペンキで仕上げたトートバッグ。
時間をかけて木の玉を転がすことで温かみのある唯一無二のお皿に。
〇感想
このように、工房まるには、利用者一人ひとりの個性を尊重しながら、支援者が面白いと感じたものを誰かにも見せたいという純粋な想いと、商品として出せるレベルまで妥協しない姿勢がありました。一人ひとりのできることを引き出し、一つの商品として生み出していくひたむきな支援のあり方は、芸術分野にかかわらず学ぶべきものです。日中活動・余暇活動の充実だけでなく、当法人における木工や陶芸部門にも知見を活かしていきたいと思います。
【工房まる公式ホームページ】
http://maruworks.org/
5.まとめ
絵を描くこと、創作活動をすることがゴールではなく、一人ひとりの個性を尊重し、できることを増やしていきながら、作品や商品を通して人とつながり、また誰かに喜んでもらえることで、生きる喜びを見出しているように見受けられました。改めて、障がいのある方の文化芸術活動を充実させていく意義があるということを再確認できました。当法人でも、障がいのある方の文化芸術活動の場を少しずつ展開していきたいと思います。