島原市内で、唯一広い砂浜が広がる猛島海岸。天気が良ければ熊本まで見渡せる浜辺の近くに、悠久会が運営する「花ぞのパン工房」があります。
朝9時すぎに、パンの香りが広がる店内に入ると、多くの方が働かれていました。
「花ぞのパン工房」は、就労継続支援B型事業所です。
就労継続支援B型とは、一般企業などで働くことが難しい障がい者の方や、難病などを抱えている方が、地域で働き続けられるよう訓練や支援をする事業所及びサービスです。就労に必要なスキルや習慣を身につけ、徐々に就労継続支援A型や一般就労への移行を目指します。
この店では、職員と利用者の方あわせて約20名が働いています。パンを並べる方、袋詰めする方、シールを貼る方、皆さんそれぞれの担当の仕事を進めています。
厨房に入ると、巨大なオーブンとパンをこねる機械が、休みなく動いていました。パンをこねる機械から生地を取り出し、また次の材料を入れてスタートボタンを押します。その役割を担っているのも利用者さんです。
発酵が完了した生地が調理台の上に出されると、皆で切り分けて丸める作業が始まります。「あと1個!」と声を掛け合いながら、楽しそうに作業をされている姿が印象的でした。
ときどき職員が、利用者さんの作業のサポートをしています。声をかけつつ、パンにチョコレートを入れたり、食パンをスライサーでカットしたりと、各々の仕事もこなします。
今回は、花ぞのパン工房の職員のなかから本多さんと井上さんに、お話をお聞きしました。
利用者さんを集めるため、始めたのは楽しい雰囲気づくりから
本多さんは、入社から12年経つ工房内ではベテランの職員です。実家のパン屋で働いた後、チェーン系の飲食店に就職し、その後花ぞのパン工房の職員になりました。
しかし、働き始めた当時の利用者さんの数は、たったの6名。工房を今後も続けていくためには、まず利用者さんを増やす必要がありました。
花ぞのパン工房で働くか検討している利用者さんは、働く前に必ず見学をします。そこで、まず心がけたのは工房内での明るい返事でした。
「(利用者さんが)見学に来たときに明るく返事していました。みんなにもそう(するように)ずっと言っていました。雰囲気から作っていこう」と、当時を振り返る本多さん。
本多さんら職員が明るい返事を心がけた結果、利用者さんの雰囲気も明るくなり、工房内が活気づいていったそうです。すると、見学者から他の事業所より活気があると言われるようになり、利用者さんの増加に繋がっていきました。
仕事を通じて利用者さんの成長に繋げる
利用者さんが増え、賑やかになった花ぞのパン工房ですが、当時利用者さんがする作業は、袋入れや洗い物など、わずかなものでした。パンに触る仕事はさせておらず、職員がしていたそうです。
この状況では、利用者さんの成長に繋がらないと思っていた本多さん。
当時働いていた他の職員が辞めて、本多さんともう一人だけになったときに、今後の運営について話し合いました。
「うちらは利用者の方と一緒にやっていこうか、ていうのを話して、1年でものにはならなくても、5年10年と長いスパンで考えて、とにかく明るくやっていこうと決めました」
長く時間がかかっても良いから、利用者さんのできることを増やそうと決意した本多さん。
まずは、パンをこねるミキサーを動かす作業から任せたそう。そして、作業に慣れてきた利用者さんから、他の作業を割り振っていったそうです。
「利用者さんと目が合えばおいでって感じで。ちょっとやって見せるんですよね」
何度もそうすることで、利用者さんができる仕事が徐々に増えていきました。
また、体で覚えてもらうために、何回も同じ作業をおこなってもらったそう。
「自然ともう頭で考えるより体で覚えさせようって。もう毎回毎回同じことやっていけば、もうだんだん体だけでできるようになるんじゃないですかね。自転車だってそうじゃないですか」
また、「無理に型にはめないことを心がけた」という本多さん。多少やり方が異なっても訂正せず、「できた」という成功体験を積み重ねて、利用者さんの自信がつくよう努めたそうです。たしかに、パンを丸めている作業を見たときに、完成形は同じでも、ひとりひとり丸め方が異なりました。
他にも、利用者さんの自信をつけるため、ちょっとずつ応援することを心がけたそう。
「利用者さんが諦めかけたときは、もうちょっと頑張ろう!あと1個頑張ろう!と言っています。ここまでにしようっていうと、そこがてっぺんになっちゃうんですよね」
本多さんは、利用者さんの限界を職員が決めずに、挑戦できる環境をつくることを心がけました。すると、利用者さんのできることが少しずつ増え、それぞれの成長に繋がっていったそうです。
コミュニケーションの難しさに戸惑うも根気強く向き合い心を開いてもらう関係に
もう一人の職員である井上さんは、現在入社5年目です。
井上さんのお父さんは、悠久会の就労支援事業所で働いていましたが、井上さん自身は福祉業界に対して良いイメージを持っていなかったそうです。
当時、井上さんは他のパン屋で働いていましたが、花ぞのパンの責任者の方から毎日熱心にスカウトされたことがきっかけで、見学に行くことにしました。
初めて工房を訪れた日、井上さんはそこにある活気に満ちた雰囲気と、スタッフ一人ひとりからの明るい挨拶に驚いたそうです。
「想像していたよりも、ずっと雰囲気が明るかったのが最初の印象でした」と、井上さんは振り返ります。本多さんをはじめとする職員の方々が築き上げた、明るく活気に溢れる環境は、井上さんが花ぞのパン工房への就職を決意する大きな理由となりました。
しかし、最初は大変なことも多かったそうです。
「自分自身も仕事を覚えるのが大変なのに、それを利用者の方に伝えるのがまた大変でした」と、振り返る井上さん。
「利用者さんのやれること以上に、これやってあれやって言いすぎちゃったこともありました。(利用者さんが)疲れて無言になってきてしまって・・・」
また、朝言っていたことと、昼言っていたことが異なる利用者さんに、当初は戸惑い、コミュニケーションをとる難しさを感じるときもあったそうです。
しかし、日々の業務を通じて利用者さんの対応に慣れてきてからは、そうした一面も個性として受け止めた井上さん。発言がコロコロ変わったときも、話を聞くことをやめず、最後まで聞くことを心がけたそうです。すると、利用者さんからもっと話しかけてくるようになりました。
「利用者さんから、パン生地をこねるミキサーを動かしている間とかに、自分の好きなことを話してくれるようになりました。好きなことを話しているときが、利用者さんが一番活き活きとしています」と、井上さん。利用者さんにとって、自分の好きなことをお話できる時間が楽しみになっているようです。何でも話せる雰囲気が、利用者さんの仕事のモチベーションにも繋がり、ますます明るい雰囲気が作り出されていると感じました。
パン作りを通じて、成長できる環境を
花ぞのパン工房では、職員と利用者が手を取り合い、日々パン作りを通じて互いの成長を支え合っています。お二人の話からは、温かい雰囲気づくりの重要性、利用者さんの自信を育む努力、そして個性を大切にする心がけが感じられました。
明るく楽しい雰囲気の中でも、利用者さん一人ひとりが自らのペースで、成長できる環境がつくられています。
本多さんが最後に言った「利用者さんの性格は個性!」という言葉より、この工房が一人ひとりの個性を大切にし、それぞれの能力と才能を認め合う場所であるということを感じました。
また、福祉の仕事は自分自身だけでなく、利用者さんの成長も感じられ、日々小さなやりがいを感じられます。
井上さん自身、最初は福祉に対して特別な興味を持っていたわけではありませんでしたが、花ぞのパン工房での経験で視野が広がり、福祉の仕事のやりがいに気付きました。
もし福祉業界に興味があれば、この記事を読んで一歩踏み出す勇気になれば幸いです。