病院でのキャリアを経て、現在は社会福祉法人 悠久会が運営する障がい者支援施設「明けの星寮」で言語聴覚士(ST)として活躍する大場章夫さんにお話を伺いました。
大場さんがこの道を志した原点は、高校時代に参加した障がい児ボランティアにあります。もともと抱いていた「言葉」や「コミュニケーション」への興味と、ボランティアを通じて惹かれた「福祉」の分野が重なり、言語聴覚士としての歩みが始まりました。
現在は非常勤として現場に立つ傍ら、地域の言語聴覚士会のブロック長として障がい福祉における言語聴覚士の役割を精力的に発信しています。著書の出版経験も持つ大場さんが見据える、これからの「福祉リハビリテーション」のあり方とはーー。
言語聴覚士のキャリアと障がい分野への転身
長く医療分野にいたところから、障がい分野に移ることに迷いはありませんでしたか?
転職を決めた当時は、そこそこ長く病院で勤めてきましたし、そこで培ってきた知識や経験がそのままスムーズに通用するだろうと、正直甘く考えていたところもありました。新しい環境になるため、最初は人間関係で悩むくらいだろうと思っていましたが、働いてみるとやはり障がい者の分野は病院とはまた少し違う難しさがあると実感し戸惑いながら働き始めました。働く前には迷いはありませんでしたが、働き始めてから迷うことが増えたというのが正直なところです。
転職を考えていた時に、最終的に悠久会を選ばれた理由は何でしょうか?
今の理事長のお父様で、明けの星寮の寮長先生になる方と、以前の病院に勤めていた時からご縁がありました。よく利用していた地元の居酒屋で偶然お会いし、言語聴覚士の仕事をしているとご挨拶して少し話していると「ぜひ悠久会に来てください」と声をかけていただいたのがきっかけです 。当時は他病院に所属していたためお断りしましたが、体調を崩して退職した後に転職先を考えていたところでお話したことを思い出し、悠久会の門を叩きました。
きっかけはそんな偶然の出会いでしたが、悠久会の取り組みを色々知るうちに、社会貢献や地域に根差した活動を重視されていると理事長先生のお話などから感じたことも就職理由の一つです 。言語聴覚士として働く以上、利用者の方だけでなく、社会や地域にも貢献したいという思いがあったため、強く共感し、こちらを選ぶことになりました。
障がい分野での言語聴覚士の役割と難しさ
入職時に、言語聴覚士として特に求められていたことは何でしたか?
障がい者施設も利用者の高齢化が進んでいるため、「口から食べる」という摂食嚥下の障がいに対して言語聴覚士としてサポートを考えてほしいと言われました。施設で暮らす障がい者の方々にとって「食事」は大きな楽しみの一つです。その楽しみを守るためにも役に立ちたいと思いました。
現在は理学療法士の方とも連携を取りながら進めていますが、言語聴覚士の前任者がいないため、不安半分、「自分で自由に作っていっていいのかな」という自由度、面白さも感じました。誰も絵を描いていない画用紙に、自分が絵を描いていけるという感覚です。
病院勤務との違いで、他スタッフとの連携面で感じたことはありますか?
連携は医療分野でも障がい分野でも本当に大切です。障がい者施設では、一番身近で長い時間を利用者さんの支援に当たってくださる支援員の方々の意向や方針を最大限尊重した上で進める必要があり、それが一番重要だと最近は思っています。
リハビリテーションをしながら一番感じるのは、「教科書通りにいかない」ということです。病院では「この疾患にはこのリハビリ」「こういう症状の人にはこういう対応」というある程度型のようなものがあり、それに当てはめていけばうまくいくことが多かったのですが 、この分野では、障がいの種類だけでなく、ご本人たちのこだわりによっても、個々にカスタマイズしていく必要があります。そうした介入においても支援員さんとの連携をしながら関わるというところではスタッフ間のコミュニケーションは大事にしたいなと思っています。
どのようなリハビリテーションを行っていますか?
基本的には個別介入なのですが、病院と違ってこちらの決めたスケジュール通りにリハビリテーションを行うことはほとんどできません。その日、その時の気分によっても変わるので日常生活の中でリハビリテーションを行っています。
最初はどこまでがリハビリテーションなのか、どこまでが生活介護なのかが曖昧になっていました。トイレ介助から通常の生活介護のお手伝いもさせてもらっているので、リハビリテーションだけという形ではなく、その中でどのようにリハビリテーションの要素を入れていくと良いのかは日々模索しています。
働く意義と言語聴覚士の可能性
1年半勤めてみて、やりがいを感じることはありますか?
言語聴覚士とは直接関係ないのですが、利用者さんのお姉様とLINEでリモート面会をしたところ、お姉様が涙を流してとても喜んでくださり、深く感謝されました。「こんなに感謝してもらっていいのかな」と思うほどの喜びを私自身も感じた経験でしたね。
また、非常にわずかですが、ご家族さんやスタッフの方から「非常勤だけど、もうちょっと出勤日数を増やしてほしい」と声をかけていただいたのが、少しでも役に立ててるのかなと実感できた一番の貢献効果だと感じています。
言語聴覚士として施設に入られたことで、プラスになったと思うことはありますか?
言葉や摂食嚥下の「意識づけ」には多少なりとも貢献できているのかなと思っています。高齢化で障害を持たれている方の場合、身体機能の維持が一番の目標になることが多いですが 、口腔ケアの指導など 、専門の人がいることで機能改善に向けた意識が少し高まったように感じています。
言語聴覚士は口腔ケアだけでなく、コミュニケーションの仲介や橋渡しの専門職でもあります。利用者さんとの会話量が増えたり、楽しそうにしている姿を見て、スタッフの方々も「もっと来てほしい」と思ってくださっているのではないかなと。そうだったら嬉しいですね。
障がい分野に、もっと言語聴覚士が参画していく必要性についてどうお考えですか?
全国的に言語聴覚士の約9割が病院と老健施設に所属しており、障がい者分野で働く言語聴覚士は数が少ないのが現状です。先行研究や論文などもほとんど目にしていないため、これから開拓が必要な分野だと感じています。
しかし、障がい者施設の高齢化に伴い、「飲み込みのリハビリテーション」の面において、とても需要が高いと考えています。最後まで美味しいものを食べてもらうためにも大切ですし、利用者さんの一番の楽しみは食べることですから、それをサポートする点でも、言語聴覚士は福祉施設、障がい者施設で活躍できる範囲がまだまだあると思っています。
大場さんは以前に書籍を出版されたそうですが、どんな思いで出版されましたか?
書籍は病院に勤めていた時に出版しました。病気をした後や、障がいが出てきた後に、人生の最後まで安全に楽しくご飯を食べられることはすごく大切なことなのに、難しい分野としてあまり知られていない、考えられていないのではないかと思ったので、その啓発をかねて『食べる大切 飲み込みのリハビリ一歩前へ』を出版しました。現在の職場の方にも読んでいただいたりと、言語聴覚士が介入する意義についてはこれからも伝えていきたいです。
悠久会や「明けの星寮」の魅力はどんなところにありますか?
スタッフ間のコミュニケーションが取りやすいところです。分からないことを聞きやすく、情報連携もちゃんと行えているのは、組織選びの中でもすごく大事なポイントだと思います。
障がい者施設に対する世間の「なんか暗そう」という偏見とは異なり、実際は病院に比べて細かい決まりがないため、スタッフも利用者さんも和気あいあいとしています。小さなトラブルはもちろんありますが、みんなが笑っている時間が多い印象です。
ご出身は島原とのことですが、島原はどんな町ですか?
僕はよく「程よい田舎」と言っています。自宅からコンビニまで車で5分、24時間のスーパーまで車で10分で行けます。施設からコンビニまで車で5分ほどで行けますので、生活機能が最低限整っている暮らしやすい町ですね。
長崎県の言語聴覚士会でブロック長もされているそうですが、今後の活動についてお聞かせください
長崎の県南ブロック長をさせてもらっています。単に悠久会の中で言語聴覚士として活動するだけでなく、障がい者施設で働く言語聴覚士の啓発や、その活動を広めていく社会的責任があると思っています。
福祉施設で働く言語聴覚士の体験談や論文、記事はほとんど見たことがないので 、学会や地域での発表などを通じて、少しずつ、この「なかなか知られていない分野の、さらに知られていない分野」について、興味や関心を持ってもらえるよう、啓蒙活動ができればと思っています。
言語聴覚士は、社会的に「口から食べる」ことへの機運が高まっているにも関わらず、うまくその流れに入り込めず、仕事を取りに行けなかったのはもったいないところだと思っています。一住民の方々にとっては、リハビリテーションという職業自体が認知されづらい現状がありますが、この悠久会での発信も含めて、言語聴覚士の役割と社会的な意義を伝えていければと願っています。
(補足)言語聴覚士 大場章夫さんの著書について
大場さんは、インタビュー中でも触れられた「口から食べる」ことの大切さについて、より多くの方に知ってもらうため書籍を出版されています。
『食べる大切 飲み込みのリハビリ一歩前へ ST(言語聴覚士)の現場から』(出版社:ゆるり書房|ISBN: 978-4910003252)摂食嚥下障害のリハビリテーションについて、現場の経験をもとに分かりやすく解説した一冊です。
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